14 ついこの間まで、気が付きもしなかったんだけど


 土曜日の昼下がり。来週に迫ったランク戦の打ち合わせをしようと、今日も玲のお家にお邪魔している。茜は買い物が終わってから向かうと連絡があったので、それまで時間をつぶしているところだ。同級生がアップしている写真投稿を見ながら画面をダブルタップする。赤いハートの演出が終わりきらないうちに、次の投稿へとスクロールしていく。
「最近ね、糸ちゃんからよくハートが来るの」
 突然横からそう声を掛けられた。画面から顔を上げると、白い頬を赤らめながら笑う少女の姿があった。真っ白な肌色は決して健康そうとは言えないけれど、いつもより幾分か調子は良さそうだった。
「私からもハートを送ってるんだけどね、明らかに糸ちゃんからの方が回数が多くて。貰ってばっかで悪い気持ちになるな」
 玲はベッドの背もたれに寄りかかったまま、スマートフォンを人差し指で何度もフリックしているようだった。突然ハートの話題が出たので何のことか分からなかったが、最近スマホゲームを始めたと玲が言っていたことを思い出す。糸もゲームが好きなことは昔から知っているし、いつの間にか繋がっていたんだろう。
「玲がゲームしてるの、なんか新鮮だな」
 あまりゲームをやったことがないと言っていたし、そういうものよりも読書や茶道なんかが似合いそうだと思う。私はすぐ身近に弟や糸がいたから、ゲーム機やソフトはよそよりも充実していたと思う。わざわざ私の家に来た糸が、弟と通信プレイをしながら敵を倒していくところを、私はソファに座りながら眺めていたのを覚えている。糸によく「見てばっかでつまんなくないの?」と聞かれたけど、そんな考えは微塵も思い付かないほど、私にとっては楽しい時間だった。ゲームをするのが嫌いじゃないけど、自分が操作するとなるとアタフタしてしまうし、そろそろいいかなあ、なんて飽きることも少なくない。でも不思議と、他人がプレイしているところを見ていても全く飽きなかった。
「糸ちゃんに誘われるまでやったことなかったけど、やってみたらすごく楽しくて」
「え、始めるきっかけって糸だったの? 知らなかった」
 ベッドの側まで近づき、横から玲のスマートフォンを覗き見る。
「あ、玲あたしよりもやり込んでるじゃん。いつの間に進めたの」
「糸ちゃんからハートもらう度にやらなきゃって思い出すから、ついやっちゃうの」
「うわ、履歴すご。あの子ってばいつ寝てるんだろ……」
 ハート履歴には昼夜関わらずにバラバラな時間帯が記載されている。
「ねえくまちゃん。これってマルチプレイもできるのよね」
「ああ、うん。フレンドになればできるはずだけど」
「じゃあくまちゃんとフレンドになる。私のIDはね……」
 玲は慣れた手つきで画面を操作する。私も自分のスマートフォンを開き、久しぶりにゲームを起動した。久しぶりに開くせいでアプリの更新やらダウンロードやらが溜まっている。しばらくまった後に玲を友達追加すると、なんとランクが私よりも遥かに高かった。まあここのところ全然やってなかったし、意外とやり込んでいる玲に抜かされてしまうのもしょうがないことか。
 私がダウンロードしたのは、このアプリがリリースしたての時に糸がすっごくハマっていたからだっけ。最初のうちは自力でクリアしようと意気込んでたけど、糸がスルスル進めていく様子を見てるだけで満足しちゃって、次第にログインすらもサボるようになったんだった。
 ふと思い立って、フレンド一覧のアイコンをポチリと押す。予想通り、一番上には相変わらず糸がいた。ランクは私や玲とは比べ物にならない数字で、あの子は一つのものをいつまでも極める性格だったななんて、はるか昔のことを思い出して懐かしくなる。
「多分フレンドになれたと思うわ」
「ありがとう。久しぶりすぎて操作忘れてるかも」
「大丈夫。くまちゃんならできるわ」
「プレッシャーかけないで……」
 玲は慣れた手つきで画面を操作する。マルチプレイの画面がどこから出せるのか分かんなかったから玲に教えてもらい、ようやく準備が整った。かわいらしいキャラクターアイコンがふたつ並ぶ。玲は水タイプのキャラクター。私はほのおタイプ。
 マルチプレイはターン制の協力プレイだった。例えば一ターン目に私だったら、次のターンは玲が操作する。二人で協力して一つのボスと戦わなきゃいけないようだった。
「最初はくまちゃんね。頑張って」
 いかにも強そうなドラゴンが私の目の前に待ち構える。このゲームは、ある一つのキャラクターをできるだけつなぎ合わせて大きくし、それを消したりスキルを使ったりしてボスの体力を減らしていくゲームだ。見た目は可愛らしいんだけどステージが進んでいくとなかなか難しくなっていく。久しぶりにやるから目が泳いでしまい、あんまり多くのキャラクターをつなぐことができない。
「くまちゃん頑張って!」
「わ、時間がやばい!」
「それ! それ消したらスキルゲージが貯まるわ!」
「ホントだ」
 一回あたり一分間という時間制限の中、できるだけ多くのダメージを与えられるように奮闘する。玲のアドバイスのおかげでスキル発動まではできたけど、思ったより多くのダメージを与えることはできなかった。次は玲の番。
「ごめん……。あんま体力削れなかったや」
「大丈夫。二人で協力すればすぐ倒せるわ」
 なんとも頼もしい台詞を言いながら、ウキウキした様子で玲は画面と向き合う。液晶にスタート! の合図が出た瞬間、玲の目線はいろんなところに動きながらも、確実に多くのアイコンを繋いでいった。
「うま……! その調子!」
 玲は無言で繋ぎ続け、すかさずスキルを連発しまくっている。彼女のこんな一面は初めて見たかもしれない。クラスメイトやボーダーの人間だって見たことのない一面。それを今私は独り占めしている。
 一分間が過ぎた。私はわずかな体力しか削れなかったけど、玲のおかげで半分以下にまで削ることができた。彼女はニコニコしながら「くまちゃんお願いね」なんて微笑んでくれる。
 何も考えずに画面に集中し続け、ちょうどお互いが二回ずつプレイできたあと、やっとボスを倒すことができた。玲のターンで必殺技が決まり、ボスが画面上から消えていく。画面は報酬画面に切り替わり、私たちが選んだキャラクターが大きく喜んでいる姿が見て取れた!
「やった! やったわくまちゃん!」
 玲は無邪気に喜びながら両手を広げ、私の体をぎゅっと包み込んだ。彼女の嬉しそうな顔を見ていると自分も自然と嬉しくなり、頬がどんどん緩んでいく。私も腕を回し返して、彼女と同じ喜びを分かち合う。
「やったね! 玲すごかった!」
 玲の華奢な体についどきりとした。細いなぁと思いながらいつも見ていたけど、実際に抱きしめてみると想像よりも遥かに細っこくてびっくりしてしまう。力を入れたら折れてしまいそうな背中に、どこからか香る女の子らしい匂い。おんなじ性別なのにこんなにも違うなぁと思いながらくっついていると、不意に玲の手が緩まる。私もそれに合わせて体を離し、再び向き合う姿勢になおる。
「くまちゃんだってすごく様になってた。ねえ、もう一回やりたい」
 子供みたいにねだる彼女に笑い返して、もう一度スマートフォンを持ち直す。自動的にロック画面に切り替わっていたため、一度だけタップをし、その後スワイプする。まだマルチプレイは続いているようだ。
「……ねえ、誰かと一緒にゲームをするのって、こんなに楽しいのね」
 そう言って、玲はきれいに笑った。そうだ、糸ちゃんも誘ったら一緒にやってくれるかしら。頬を緩ませながら窓辺をみつめる玲の目には、一体どんな風景が浮かんでいるんだろう。
 そういえば私、糸と一緒にゲームをしたことなんてないかも。玲の言葉を聞いてふと思った。
 いつもあの子と弟がやっているのを後ろから見てばかりだった。私にとってはそれが楽しかったけど、糸にとってはどうだったんだろう。一緒にやった方が、ひょっとしたら糸も楽しかったかもしれない。
 そんなたらればを考えても仕方がないけれど、あの頃の糸は一体どんな気持ちだったのだろうか。それが気になった。でも、答えは一生わからないような気がして、昔の私たちに想いを馳せるだけで終わってしまいそうだった。

Lost stars