三輪くんとけんか(+巻き込まれる三輪隊)
個人ランク戦のブースに並んだ椅子の中でも、一際目立つお団子頭の女が一人。その理由といえば、不機嫌そうに足を組み、見るからに「怒っています」ということをアピールするような、高圧的な態度をとっていたことに他ならない。
蛇石桔梗と呼ばれるその女は、ランク戦前でも既に交戦モードに入っているかのように、周りに向かって棘々したオーラを放っていた。もしここに影浦先輩がいたなら、彼女が醸し出す毒々しい雰囲気に当てられ、すぐにこの場から立ち去っていただろう。向けられた感情を肌で感じるSEこそないが、彼女の不機嫌なオーラは身にしみて感じ取った。
「こんなところにいたのか、蛇石」
「……奈良坂」
後ろから声を掛けると、相変わらずの鋭い眼光がこちらを見据えた。ひどく険しい顔をし、眉の間に何重にも皺を寄せている。ただでさえ彼女は近づきにくい見た目をしているというのに、隊服の黒と相まって、ますます人が寄り付かない雰囲気を醸し出している。それに本人は気づいているのかいないのか分からないが。対する俺も、普段蛇石と関わっていなかったなら、面倒ごとに関わりたくなくてスルーしていただろう。
彼女がここまで不機嫌になっている理由、それは大方予想はついていた。
「奈良坂が何でここにいるの」
「何でって、おかしいか?」
「あんたは狙撃手でしょ。それにここに来てるとこなんて見たことない」
「鋭いな」
「何それ。馬鹿にしないでよ、それくらい誰だって分かるし」
三輪以外の人間に向けるような乱暴な言い捨てをしながら、足を組み直して大きくふんぞり返る。「私は今不機嫌だから早く立ち去れ」と言わんばかりの体勢だ。
「今回は、お前に用があってな」
そう伝えた途端、蛇石の眉がピクリと引きつる。俺がどうして蛇石に用があるのか、大方検討はついているんだろう。周りのザワザワした雑音が、俺たちの間に流れる沈黙を埋めていく。
俺が蛇石に会いに来た理由、それは半刻ほど前の出来事によるものだった。
◇ ◇ ◇
夕方からの防衛任務、そこで俺が目にしたのは、普段ではあり得ないミスを連発する、自隊の隊長の姿だった。
自分が所属する三輪隊の隊長こと、三輪秀次という男は、昔から真面目で神経質な性格だ。その三輪の様子が、いつもとてんで違っていた。例えば、防衛任務の最中なのに気を抜いていたことが原因で、オペレーターのの指示を聞き逃したり、お得意の鉛弾も敵への命中率がてんで低かったりと、それはそれはひどい有様だった。
それでもトリオン兵に遅れをとるはずはなかったが、いつも鮮やかに、そして確実に敵を殲滅していく姿からは、それはとても想像がつかないものだ。いつもの三輪の姿を知っている奴はみんな、すぐに彼の異変に気づいただろう。
まあ、こうして三輪の調子が悪くなることは、今までも何回もあった。大抵は近界民に関することや、おせっかいな先輩にけしかけられたこと、さらに、三輪が贔屓にする女、蛇石桔梗に関することに絞られる。
三輪の様子がおかしくなる度俺達は、それに気づかぬふりをして過ごす。もしも、彼に心配するような言葉をかけたなら、真面目さ故に「周りに心配させてしまったこと」が、さらにあいつを追い詰める原因になってしまうのだ。そのため、気にかけることが彼のためにならないことを知っている俺たちは、できるだけいつも通りを心がける。
だからといって、このまま何もしないわけではない。うちの隊長がいつまでも使い物にならないままではいられないし、放っておくだけでは潰れてしまいそうで、見ているこちらも気が気ではない。そう思っているのは、陽介はじめ三輪隊全員がそうだった。
「いやー、にしても今日の秀次、あれはひどかったな」
「ひどかったわね。疲れているのかしらね」
「今回は何があったんですかね……」
防衛任務の後、三輪が城戸さんに呼ばれて隊室を出て行った途端、それぞれが思い思いに話し始めた。全員が三輪の話をしている。
「陽介、なんか聞いていないのか」
「んー、聞いたわけじゃねえけど、今日は蛇石がピリついてたな」
陽介に尋ねると、明らかに正解であろう回答がぽろりと返ってきた。そこまで分かっているなら、素直に最初から話してくれればよかったのに。そういうところは気が利かない。
「あー、100%それですね」
「三輪君ったら、蛇石ちゃんのことになると本当に駄目ね」
蓮さんの言葉にウンウンと頷く。三輪は蛇石に何であんなに肩入れをするのか不思議だが、第三者では分からない何かがあるのだろう。これだけ三輪が追い込まれるほど悩んでいるんだから、早く距離をおいた方が身のためになるとは思っているが、両者とも聞く耳を持つことはなさそうで少し残念だ。まあ、結局俺はただの部外者だが。
さて、三輪が思い悩む原因は把握することができた。これからの問題は、それがどの程度長引きそうかということと、三輪と蛇石の二人だけで解決できる問題かどうかということの2点に絞られる。
「どうしますか? 何かした方がいいでしょうか」
「まー、あいつらの問題だから別によくね?」
陽介の言う通り、二人の問題だから二人で解決するのが筋だし、一番丸く収まるだろう。しかし、あの二人はその辺の恋人とは似て異なる関係だ。加え、互いとも不器用で意地っ張りなところがあるため、二人だけで解決できる気もしない。
それに加え、喧嘩の仲直りはただでさえ時間がかかるというのに、あと一月後にはA級のランク戦が控えていた。
当たり前だが、A級のランク戦はそこらの模擬戦とは格が違う。今は騙し騙し誤魔化せられたことも、ランク戦となるとそうはいかないだろう。必然的に、今の三輪の状態が長引けば、ランク戦は惨敗する未来しかない。
「……陽介の意見も一理あるが、今日の三輪は特にひどかっただろう。そろそろランク戦も始まる頃だし、このままだと隊が危ないぞ」
「そうですね……。三輪先輩には悪いですけど、僕たちが動かなきゃですかね」
A級のランク戦は本当に厳しい戦いだ。このままだとB級落ちしてもおかしくない。それは皆同感したようで、陽介も口をとがらせながら「確かにな〜」なんて、語尾を無駄に伸ばした状態でウンウン呟いた。
「じゃー、蛇石との面談は奈良坂が適任だな! オレが言っても押し返されそうだし」
「私も奈良坂くんがいいと思うわ」
陽介、加えて月見さんからの華麗なパスに、やれやれと溜息をつく。蛇石の話を聞くという役回りが回ってくることは大方予想がついていた。本当にあの二人には手を焼かされる。
「……仕方ないな。とりあえず蛇石を捕まえてくる」
まったく、うちの隊長は放っておけない人だ。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、蛇石を捜索しに、まずは個人ランク戦ブースに向かってみると、その勘はぴたりと当たっていたようで、ピリピリとした彼女に会うことができた。「用がある」と蛇石に伝えた後は、空気が変わったようにピリつき、彼女から話し出すことはなかった。
「三輪の様子がおかしくてな。三輪があんなに動揺するなんて、きっと蛇石のことだろうと思って」
蛇石のこと以外にもあいつが動揺する理由はいくつかあるが、あえてそれは伝えないでおく。きっと蛇石は、「自分だけ」という言葉に弱い。それが三輪のことだったら尚更だろう。
「……三輪君が」
「だから、何があったのか教えてくれ。いつまでも隊長がアレでは困る」
しばらく沈黙が続いた後、蛇石は険しかった表情を少しずつ崩し、まるで子供のように口を尖らせた。
「……呆れずに聞いてよ」
「勿論」
「……今日の昼の話なんだけどね」
蛇石の言葉に耳を傾けながら、相槌の代わりに静かに頷く。彼女は遠いどこかを見ながらぽつぽつと話し始める。
「ずっと前から約束してた予定があったの」
「ああ」
「事前にチケットが必要で、一ヶ月も前から前売りで買ってたの」
「そうか」
「……それなのに、急に臨時の隊長会議が入っていけなくなったって言われて」
その言葉を聞いた途端、急に話の流れが掴み取れ、思わず相槌を取りやめる。
「私はずっと前から楽しみにしてたのに、そんなの信じられないって、一方的に怒鳴りつけた」
「……成程」
「ちょっと、黙り込まないでよ!!」
かける言葉が見つからず、思わず口をつぐむ。それもこの状況なら仕方ないことだろう。この場に陽介や章平が居たとしても、きっと二人とも無言で冷や汗をかくだけだ。正直、蛇石の話を聞いた後だと、三輪がただ気の毒なだけだと感じてしまうが、怒りながらも少しは申し訳なさそうに話す姿を見ると、一応反省しているであろうことが伺えた。
この問題は、俺たち部外者が突っ込んで解決するものではない。蛇石から原因を聞いた後、心の中でそう結論を出した。
そうと決まれば、あとは本人に連絡するだけだ。右ポケットに入れたスマホを取り出し、受信履歴から三輪の名前を探す。携帯をいじる行動が、蛇石はただ話に飽きただけの行動と受け止めたらしく、いつも通りビイビイ言いながら騒ぎ出す。見た目からは考えられないくらい、こいつは精神年齢が幼い。
「ねえ奈良坂聞いてんの?! 自分から聞いたくせにそれはないんじゃない!!」
「奈良坂、何でわざわざここに……って、蛇石……」
「は?! 待ってよ、絶対奈良坂が呼んだでしょ!! ふざけんな!!」
メッセージを送信してから1分もたたないうちに、冴えない顔をした隊長が俺のすぐ側まで駆け寄ってきた。「話したいことがあるから個人ブース集合」と要件だけ送ったメールだったが、思ったよりも早く到着したようだ。
三輪の位置から蛇石は丁度死角だったらしく、すぐ側へ近づくまでは存在すら気づかなかったようだ。現に、戸惑いを隠せない表情をしているのが見て取れる。対する蛇石も、まさかの本人の登場に口をあんぐり開け、俺の足をポカポカと叩く。役者は揃った。あとは自分が退散するだけだ。
「じゃあ、ちゃんと話し合え。せっかく俺が呼んだんだから」
「だから!! そんなの頼んでないってば!!」
「……」
自分たちの問題は自分たちで解決してくれ。そんなことを思いながら、すっかり邪魔者になった俺はランク戦ブースから撤退する。きっと数分後には、すっかり憑き物が落ちたような顔をした三輪と会えることを願って。
◇ ◇ ◇
全く、本当にあり得ない。まだ謝る気も湧かなかったのに、こうやって強制的に顔を合わさせるなんて。
目の前の三輪君は、確かに前回会った時よりもくたびれていて、奈良坂が「使い物にならなかった」と言った理由が分かった気がした。そんな可哀想な三輪君を見ても、どうしても自分から謝る気は湧かなかった。イライラした気分は晴れず、かといって三輪君も何も言ってこないから、どうすればいいのかすらわからない。
「……私、謝らないから」
いつまで経っても三輪君は何も言ってこないので、私の気持ちを取り敢えず伝える。だって、ここで素直に謝るなんてこと出来ない。だって、私は何も悪くないから。私の性格を知ってる三輪君は、私の考えることはお見通しだと思う。というか、お見通しであってほしい。いつも一緒にいる私たちは、お互いが考えることはなんでも分かっていると信じたい。
「……じゃあ、俺から」
先ほどまで距離を空けて立ち尽くしていた三輪君が、私の目線まで下がってくれる。ソファに腰掛ける私の前に跪くと、目をばっちり合わせたまま言葉を紡いだ。
「先に約束してたのに、悪かった」
三輪君は嘘偽りなく、本当に申し訳なさそうに話す。曇りのない彼の瞳は、ビー玉のように透き通っていて、じいっと見つめていると思わず吸い込まれそう。
なんで。なんで三輪君そんな申し訳なさそうに謝ることができるの。その言葉が頭の中に入ってきた途端、身体中から疑問が湧き上がる。だって、三輪君は何にも悪くないのに、どうしてそんなに真摯に向き合ってくれるんだろう。
急に会議が入ってしまって、私だけじゃなくて三輪君もがっかりしただろうに、今は私が駄々をこねていることに対して、真剣に謝ってくれている。
それに対して、私は馬鹿みたい。三輪君の気持ちも考えずに、ただ自分が楽しみにしてたという気持ちだけ押し付けて、どうにもできないことをどうにかして! なんて欲しがって。恥ずかしすぎて、自分の行動を振り返りたくないと思うくらいだ。
「……なんで、なんで先にあやまるの〜〜〜!!!!」
そんな私の顔を見て、三輪君はぎょっとして背中を反らす。それもそうだろう。私だって泣きたいだなんて思ってないのに、自然に涙が溢れてくるから。
私の目の前で、ただおろおろしながら困っている三輪君が愛おしい。もうデートが潰れたことも、前売り券が駄目になったことも、全部なんでもいい。こんなくだらないことで怒って困らせてごめんね、三輪君。
「あのね、三輪君防衛任務でひどかったって奈良坂が教えてくれたの。三輪君ごめんね……。 でもね、私デートすごく楽しみにしてたから……もうどうしようもなかったの〜〜〜!!」
「蛇石、わかったから、わかったから泣き止んでくれ、お願いだから」
「まって……まだむり……」
まるで壊れ物を扱うように、目の前の愛しい人は恐る恐る涙を拭ってくれる。それだけで十分だって思いたいけど、もっともっとと欲しがってしまう自分は、もうどうしようもない。
「……三輪君、怒ってごめん」
数分前には絶対に謝りたくないと主張していたのに、私の考えは糸も容易く覆される。それもきっと三輪君だからできることだ。
「……お互い様だからいいよ」
三輪君の口調が少しだけ崩れ、出会った頃の幼い三輪君が連想される。「いい」じゃなくて「いいよ」だなんて、久々に聞いたかもしれない。
三輪君と会話をしていると、たまに自分が幼い子供のように感じることがある。それもひょっとしたらお互い様なのかもしれない。子供な三輪君と少し大人になった三輪君、両面とも見られるのは、いつもそばに居る私の特権だろう。
三輪君の言葉をきっかけに、すっかり機嫌の良くなった私は、仲直りの印に軽いスキンシップを図ろうとしたが、両腕を掴まれて阻止されてしまった。三輪君は、みんなの前で恋人らしいことをするのが本当に苦手なのだ。私はそれでも触りたいから何回かけしかけるけど、いつも強引に阻止されてしまう。
「蛇石、こんなところで触ろうとするな!!」
「せっかく仲直りしたのに……」
「……さっきまでのしおらしいお前はどこに行った」
はあ、と溜息を一つ溢す三輪君の隈をそっとなぞる。三輪君は呆れたように、隊室に戻るぞって言いながら手を引っ張った。自分が引っ張るのはいいの? と尋ねると、フラフラと何処かに行かれても困るからな、なんて、決して私の方を向かずに言い放った。なあに、三輪君ってば私のこと大好きじゃん。たまにこうやって行動で示すところ、結構好き。
迷惑をかけたであろう奈良坂初め、三輪隊のメンバーにお礼を言わなければならないな。きっと米屋は呑気に炭酸でも飲んでいるであろうから、あいつには絶対言わないでやろう。
たくさん人の行き交うブースで、紫色の隊服を着た三輪君に引っ張られる私。先ほどまでの悪天候とは異なり、心の中はすっかり晴天へと変わっていた。