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 尾形さんが射撃訓練に行くのを僕が監視するようになって、顎の包帯も外れて。順調に回復している。どうにか症例として論文に出来ないかと思ったけれども、きっとこれはそういうふうにまとまるようなものではないのだろう。そんなことを考えていると岩師先生が話し掛けて来た。
「あ、伊佐早先生、今日から尾形さん通常の食事だそうですよ」
「だから何で僕に言うかな!?」
「だって尾形さんのことですから」
もうこれ以上は突っ込んではいけないと思った。僕と尾形さんは友人ではないのだけれども、岩師先生にはそれを理解してはくれないのだ。
 と、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、目線の先に見知った人影を見た。
「尾形さん」
呼び掛ける。この距離なら聞こえているはずだろうに、返事はなかった。むっとして僕はつかつかと近寄る。尾形さんがため息を吐いたのが後ろ姿でも分かった。
「何で無視するんです? 僕ですよ」
また勝手に訓練に行こうとしてるんですか―――と覗き込みながら言おうとしたのは言葉にならなかった。
「ぐっ」
手のひらで口を塞がれる。物陰へと引き込まれると、さっきまでいた廊下を他の先生方が歩いていく。どうやら僕たちの存在には気付いていないらしい。
 彼らが見えなくなって、気配もなくなってから、ようやく尾形さんは手を離してくれた。何事だろう。問おうと思って顔を見遣れば再度、やたらと大きなため息を吐かれた。
「アンタ、間が良いんだか悪いんだか…」
人の顔を見てため息を吐くのは失礼なのではないかと思ったが、どうやらそれどころではないらしい。
「来い」
腕を掴まれる。すごい力だ。
「え、まだ外出は」
「射撃訓練の許可は出しただろ」
「許可もぎ取って行ったが正しいですけどね!? 医者としてはまだ安静にしていて欲しいんですけど。ていうか、どう考えても訓練しに行くんじゃないですよね?」
僕にだって仕事がある。医者なのだから患者さんを診なければならないし、尾形さんだけにかまっていられない。だから訓練に行くにしても計画を立てたのだ。僕が時間の都合をつけやすいところに予定を入れた。勿論、急患が入ったら諦めるという条件付きで。尾形さんだってそれに頷いたはずだ。
「アンタ、いつもなんか持ってただろう」
「そりゃあ…尾形さん重傷者ですし。もし何かあったらと思って一式は」
「それを今持ち出しても不審には思われないな?」
「まあ、大丈夫だとは思いますが」
道具一式は個人のものだ。恐らく、他の者はそれが治療道具だとも知らないかもしれない。少なくとも持って出るところを見られたと感じたことはないし、誰かに言ったこともない。
「なら持って来い」
「いや、だから何で」
「良いから」
 尾形さんは今まで見たことのないくらいの迫力で、僕に言った。僕が崩落する建物の中に入っていった時よりもずっと。だから、僕は腰が引けてしまう。
―――こんなの、初めて見た。
そう思うと同時に僕は尾形さんが何処かへ行こうとしているのだと気付いた。つまり、脱走だ。勝手に訓練に行くだとかの可愛らしいものではない。それが分かる。
「センセー」
 じっと、尾形さんのくろぐろとした瞳が僕を見遣る。それは命令ではない、脅しでもない。多分尾形さんは何も持っていなくても、素手で僕を殺せるはずなのに、そんなことを微塵も感じさせない。それが余計に怖い、と思う。
「持って来れるな?」
「………分かりました」
少し悩んでから、僕は頷くことにした。尾形さんがふん、と鼻を鳴らす。最初からそう言っていれば良かったのに、と言わんばかりである。
 此処で待ってる、と尾形さんは言って座り込む。まだ長時間立っているのはつらいのかもしれない。だと言うのに脱走しようとしているなんて、馬鹿じゃないのか。何故今なのだろう、僕は言われた通りに荷物を取りに行きながら考える。考えても考えても何も分からなかった。分からなかったけれども、少し前に感じた不穏の風が、僕にも襲いかかろうとしていることだけはよく分かった。


















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