捕捉と興味



 ああ、面倒だ。ショートホームルームまでは記憶があるから、きっとその時に眠ってしまったのだろう。赤く光が差し込む放課後の教室で、筑紫いずみは焦るでもなくぼんやりとそう思った。突っ伏した耳に入ってくるのは数人の男子生徒の話し声。時折混ざる用語からすると、バスケ部のメンバーなのだろう。これが普通の会話ならば微笑ましいな、で終わる。が、どうやら霧崎第一高校男子バスケットボール部はそうではなかったらしい。物騒な内容を聞き流しながら二度寝をしようと試みる。しかし、緊張はないもののそんなことを思ってしまったが最後、二度寝など出来る程筑紫は図太く出来ていなかった。早く出ていってくれないかな、と思いながら意識的に微睡む。耳に意識が行かないだけましか。本当にぼんやりとしか話は聞こえない。
 「そろそろ帰るか」
誰かが言って、がたがたと椅子を引く音がして、声が遠ざかる。人の気配は消えてはいないが、そろそろ帰らないとならないだろう、と突っ伏したまま伸びをした。少し大きめのブレザーの袖で顔を覆いながら状態を起こす。急に動いたことで歪んでいた視界が戻るのを待つ。
時計を見れば五時を差していた。閑散とはしているがそんなに時間は経っていなかったらしい。秋の日暮れは早い、直ぐに真っ暗になってしまう。固まっていた首を少し揺らせてから帰り支度をするために鞄を持ち上げた。横から向けられる視線には気付かないふりをする。関わりたくない。
 花宮真は億劫そうに動く女を見つめていた。いや、見つめていた、では印象が良すぎる。観察していた。教室であんな話をするなんて迂闊だったとは思うが、立ち上がって教室を見回すまで隅で眠っていたこの女に気付かなかったのは事実だ。先に他の奴らを帰し、花宮はまた椅子に腰を下ろした。しばらくして、やっともぞもぞと動きはじめた女をじっと見つめる。花宮など居ないかのように帰り支度を始めた女に、小さく息を吐いた。椅子から立ち上がり、距離を詰める。
「寝るの好きなの?」
あくまで爽やかな声で。
「人間嫌い≠フ筑紫さん?」
歪んだ唇でそう彩れば、胡乱な目が見上げてくる。
「…その名前、まだ残ってたんだ」
 入学当初から休みがち、来ても殆ど眠っている筑紫は人間関係を周りが驚く程築かなかった。そこで、遠巻きにするクラスメイトの一部が言い出した、謂わばレッテルのような呼び名。
「人間が嫌いな訳じゃないよ、コミュ障なだけ」
口は災いの元、とも言う。余計なことは言わないに限る。そう思って筑紫は立ち上がる。担任に笑顔で渡された各教科のプリントの束が脳内を横切った。面倒だが、進級しいては卒業のためにやらなければならない。早々に目の前の人物から逸らしたはずの意識は、腕を掴まれたことによって戻された。
「…何、花宮くん」
「あ、オレの名前知ってたんだ」
にぃ、と歪む口元に比例するように力が込められる。ぎり、と締め付けられる腕が痛い。
「私、帰りたいんだけど」
花宮とは一年生の時もクラスが一緒だった。積極的に人間関係を築かない筑紫でも、二年連続で一緒のクラスになれば顔と名前は一致する。それが、花宮のように騒がれる側の人物であるのならば尚更。
「聞いてたんだろ?」
「何を」
「さっきの話」
「さっき?」
惚けて見せる。特に追求するつもりも、バラすつもりもない。強いていうならば筑紫はさっさと忘れてしまいたかった。平穏な学校生活以外に望むものはそんなにない。
「へぇ、惚けるんだ」
「惚けるも何も、何言ってるのか、よく…」
美形は怒るのも様になるんだな、など関係のないことを考えてみる。腕の痛みはまだそのままだ。花宮の目がきゅ、と細まった。
「オレから逃げられると思うなよ」
ぎらぎらと宣言した眸が面倒で目を逸らす。するり、と腕も離されたから、そのまま教室を出て行く。
 面倒なことにならないと良いけれど。そう思いながら家路を辿る。もう辺りは真っ暗になっていた。ただ、花宮は恐らく筑紫の領分を侵しては来ないだろう、とそんな予想だけがあった。


















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