感情が脳による錯覚だとしても
どんな奴だった、と聞くのは多分狡い行為なのだろうな、という自覚くらいはある。
「内緒ですよ」
むっとした顔を晒さないのは多分人間性というやつで、だから尾形はその整った部分を崩してやりたいなんて思うのだろう。
「昔の男の話くらい、聞いたって良いだろう」
「昔の男って」
「違うのか」
「まあ否定はしませんけど」
そういうのって普通、何かあってから聞くものじゃあないですか、と伊佐早は言う。
「僕が尾形さんとお付き合いなりなんなりするなら兎も角、そういう話は普通しないものでしょう」
「俺はセンセーの患者なのに?」
「患者さんに私生活のあれこれを話したりはしないでしょうよ」
「そういうものか?」
「そういうものだと思いますけどね」
当たり前のように伊佐早が医者の顔をするので、尾形はそれ以上何も言えなかった。
況してや、俺は聞きたい、だなんて。
未だ引っ張り回しているだけの男に向かって言うべき言葉ではないのだろう。
*
森の奥
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