あまねく愛を抱き締める
成宮鳴には好きな人がいる。
その人は姉の親友であり昔からずっと一緒であり、最早家族同然と言っても過言ではない人ではあったけれど、未だ付き合ったり何だりということはしていない。成宮がビビっている訳ではなく、兎にも角にも姉の目が恐ろしいのであった。田面彩月というその人は芯はあるがとても大人しい人であり、姉は昔から彩月を守ってあげたいの! と公言しているのもあり、姉を経由せずに成宮から攻めたら殺されそうな状態であった。成宮とて早死にはしたくない。今は野球だって充実しているし、姉という邪魔者はあれど田面と親交が途絶えている訳でもない。彼氏がいないことも調査済みと言えば調査済みである。
しかしながら充実した野球人生を送るために寮のある強豪校を選んだ成宮は、高校生になってからと言うもの家に戻ってくる回数が極端に減り、必然的に田面ともなかなか会えない日々だった。帰省の時はそれでも顔を見せてくれるものの、田面にだって仕事があるのでそれだって都合が合えば、だ。
寂しくないと言えば、嘘になる。
けれども成宮が自分で選んだこと、強くなりたい、と零した時、田面はうん、と頷いてくれた。予定が合えば学校の方にも見に行くよ、と。それが社交辞令だなんて思ってはいないけれども、やっぱり田面の仕事は忙しいので、結局今までフェンスの向こうにその姿を見たことはなかった。
そう、なかった。と、思い出していた。
―――彩月ちゃん。
嘘だろ、と思う。走り出したい、走り出して今すぐにでも傍に行って確かめたい。え、ほんとのほんと? 見に来てくれたの? ってか何ヶ月ぶりだっけ? 彩月ちゃんが来てくれるなんて思ってなかったから今メッチャ嬉しいんだけど。言いたいことは山のようにあるし正直成宮の視力はとてもとても良いので見間違えるはずなんかないのだけれど。
でもそれをしなかったのはしたらきっと呆れられると思ったからだった。成宮は昔から自分のしたいことだけをしてきたけれども唯一殆ど優先していると言って良いものが彼女で、その彼女は成宮が野球の道に進むと決めた時にちゃんと向き合うように、と言ったのだった。誰よりも真剣に夢を追っている彼女だから、その姿に感化されたところのある成宮だから、その姿がとてもかっこいいと思っているから。だから、気付かなかった振りをする。彼女の存在を目の端に入れて集中力を乱さないように。そんなのは成宮鳴じゃない。成宮鳴はこの稲実のエースなのだから。
そうして練習が終わる頃、やっと集中力を切れさせて外を見遣ると、もう其処に彼女の姿はなかった。だよな、と思う。だから部屋に戻って携帯を持って来て、それから寮の裏に行って電話を掛ける。繋がるかは賭けだった。繋がらなかったらメールにしよう、と思っていたのに。
『はい。鳴くん?』
今日は、出るから。胸が高鳴るのを必死で押さえて問う。
「今日、見に来てくれた?」
『移動前に、ちょっとだけ。迂回してもらったよ』
「どうだった?」
『なんか、すごかった』
語彙力のない感想だった、けれどもそれが素直な彼女の台詞なので、成宮はそれだけで嬉しくなる。
『時々見てたはずなのに、前とは全然違うから。すごいな、って』
頭の良い彼女が、子供のように素直に思ったことを精査せず、言ってくれる。それが、とても、嬉しい。
「…今年は夏、仕事入ってる?」
『うん。入ってる。海撮り行くの』
「そっか。オレは大会」
『知ってる』
暑いだろうね、と田面は言った。毎年だよ、と成宮は返した。
『頑張ってね』
「彩月ちゃんもね」
それだけで電話は切れる。三分にも満たない電話。もっと話していたい、と思わないこともなかったけれど、やっぱりそれは難しい話なのだ。
二人とも、やりたいことが多いから。夢のために。
「ふへ、」
けれどもやっぱり、声が少しでも聞ければ気分は上がるもので。
成宮鳴には好きな人がいる。
今年十三年目になる、とても素敵な恋である。
デフォルトネーム読み方
田面彩月(たなもさつき)(ドラッグ表示)
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