どこまでも計算じみた運命



 チームのリーダーであるアーロン・ホッチナーがスペンサー・リードだけを呼び出して一通の手紙を渡してきたのは、他からの呼び出しもなく、デスクで時間を持て余している時だった。
「ヘルキャット研究所? 有名なところですよね。其処から手紙、ですか?」
「ああ。長官宛てに届いたものがストラウスを経由して俺のところに来た」
「そんなたらい回しにされるような手紙なんですか?」
「そういう訳じゃないが、まあ、うちで担当するのが一番だと思う」
開けてみろ、と言われるがままに手紙を開ける。
「協力要請と、招待状。二人分」
「ああ。俺はリーダーとして行くとして、お前に同行を頼もうと思う」
「僕ですか? JJじゃなくて?」
「今回ばかりはお前の方が良いと判断した」
「だってこれ、所謂お偉方の集まりでしょう? ホッチ、知ってると思うけど僕は正直面白いこととか言えないしおべっかなんて使えない。ヘルキャット研究所なんて機嫌損ねたらだめなところじゃないですか! それが、どうして、」
「リード」
名前を呼ばれる。そうすればリードが止まることを知っているホッチの手だった。そしてリードはその思惑通りに言葉を止めて、ホッチの言葉を待つ。
 ホッチは一度息を吸っていつもの顔で、一言言っただけだった。
「行けば分かる」



 正装をしたのは久しぶりだな、と思う。スーツを着たことがない訳じゃないけれども、ここまでかっちりした服装をするのも珍しい。招待状を提示して入ったのは広いホール。
「ホッチ、今からでも僕帰っても良いですか?」
「人混みは苦手だったか?」
「そうじゃないですけど正直吐きそうです」
「慣れろ」
きらびやかなパーティーは交流の基盤の場だ。それが難しいリードには居心地の好い場所ではない。
 ホッチが見たことがないような顔で人と話している背中に隠れて、オレンジジュースをちびちびと飲む。何を話せば良いのか分からない。FBIということは要請を寄越した人間にしか言わないと事前に決まっていた。目立つな、とホッチには言われたがリードにとって目立つことは副産物的なもので、自分でどうにかするには結局黙っている以外に方法が思いつかない。
「ホッチナーさん」
声が掛けられる。
「アラバスターさん。本日はお招きありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ来てくれてありがとう。私が招待したんです、皆さん」
ホッチと握手する男の名前をリードは知っていた。知っていたと言っても、知り合いという訳ではないが。
「ナサニエル・アラバスターです」
「スペンサー・リードです」
「論文を読んだことがあります」
「僕もです。液胞の発達に関する論文は本当に感銘を受けました」
ホッチに倣って握手を交わすが、どうにもこの男が主目的のようには思えなかった。手紙にも脅迫状への対策としか書かれておらず、ならばこんな狙われやすいパーティーで呼ぶ必要はない。アラバスターは大学で教鞭も取っている。秘密裏に呼ぶのであればそちらの方が良かったはずだ。なのに、何故。
 その疑問は、彼の後ろから出て来た、小さな影を見たことで、まるで運命のように解決する。少し身を屈めてリードは言う。
「僕はドクター・スペンサー・リード」
「ドクターなのですか?」
「うん。捜査官って感じじゃないし、博士号持ってるからドクター」
「なるほど」
まるで鈴を転がしたような声。
「私はアリス・ホワイトです」
どうぞよろしく、と手を伸ばして来たのはまだ少女としか言えない子供だった。
 天才の存在は実のところそんなに珍しい訳ではないのでリードは何も言わずに握手に応じた。



 なるほど、と思った。普通の子供の相手であればJJやモーガンの方が得意だろうが、天才の相手であればリードに声が掛かるのは可笑しいことではない。寧ろ当然のような気さえした。
 どうぞこちらへ、と通された部屋で伝えられたのは、脅迫されているのはこの少女であるということ。そうだろうな、と思う。目の前で会話をされていてもアリスは物怖じしない。こんなのは初めてではありませんから、なんて言う。それをリードは悲しいと思えない。
 別れ際、アリスはリードを呼び止めた。
「またお話をしてくれますか」
「僕は是非ともしたいけど、その、都合がつくかどうか」
それはリードの都合というよりもアリスの都合だった。
 彼女は此処から出ない。監禁されている訳ではないが、見慣れていると言ってしまえるほどに脅迫を受けているのだ。アリスはその危険性を理解しているし、何よりも此処での保護者であるアラバスターが嫌がるだろう。許さない、とは言わなかったのはアラバスターはアリスの意志を尊重しているように見えたからだった。
「多分、貴方なら大丈夫です」
「何故?」
「FBIという肩書があるから」
「肩書が必要?」
「はい。自分の身は自分で守ってくれる人って、アラバスターに言えますから」
「自分の身が守れる人じゃないとアラバスターが許可を出さないの?」
「いいえ」
アリスは首を振る。
「私が不安なんです」
 だから、またね、とアリスはにっこり笑って手を振った。その姿だけ見たら天才なんてとんでもない、ただ年相応の子供に見えた。



とても綺麗なその青は数学的な解明禁止しています。 / 斎硝子


















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