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「記憶、喪失ですか…」
私は頭を抱えたい気分になった。昨日だって突然押しかけられて困惑していたのに、記憶喪失だなんて、居候+αじゃないか。私はため息を吐いて、
「とりあえず、朝ご飯、食べましょう」
食卓を示した。話はそれからだ。
からっぽな貴方と
双方とも一言も発すことなく、食事は進んだ。これからどうしたら良いんだろう。私がそう考えている間に食事は終わり、翠の瞳が真っ直ぐに、しかしどこか怯えを含んで、私を見つめていた。私が食器を片付け終わるのを見て、ランスさんが口を開く。
「私が何者なのか、貴方は知っているのですよね?」
「ええ、まあ、知っていると言えば知っていますが」
勿論全てを知っている訳ではない。けれど、ロケット団だった彼とは何度か手合わせをしている。今はそれだけで十分だろう。
「教えて、いただけませんか」
「………」
沈黙が流れる。私は十分黙り込んだ後、
「…お断り、します」
静かに、拒否の言葉を吐いた。
「…何故、ですか」
彼がそう問うのも尤もだ。記憶を全て失くした人の目の前に、自分のことを知っている人が居て、それならば知っていることを話すのが普通じゃないのか、と。自分が何か分からないのは、想像を絶する不安を呼ぶのだろう。目の前の彼は、以前の彼からは想像も付かない程揺れた瞳をしている。自称冷酷の面影もない。
「私は、貴方の過去を少しだけ知っています」
「はい」
「だから、貴方が記憶を失った切欠も想像が付きます」
「…はい」
意地悪で教えないんじゃない。ちゃんと、これは意味あっての行動。
「記憶を失うなんてことは、そう簡単に起こるものじゃありません。原因は頭部への強い打撃や、ショックな出来事から自分自身を守るため、というのが一般的でしょう。貴方は明らかに後者です。ですから、今すぐ貴方に私の知っていることを話して、無理に記憶を呼び覚ますことは、貴方にとって良いとは思えない」
彼はしばらくじっと私を見つめていたが、ふい、と視線を落とした。
「…そう、ですね」
理解はしたけれど、納得は出来てない、というような声。自分が何者か分からず、ふわふわした状態なのかもしれない。まぁ、時間を掛けて少しずつ記憶を取り戻していくのなら、彼にも負担はあまり掛からないんだろう。
「…貴方の名前はランスです」
「それは、本名ですか?」
「分かりません。でも、私の知っている貴方の名前は、それですから」
彼は名前を小さく何度も繰り返していた。まるでそれは、空いた穴を埋めようとしているかのようで、少し、痛々しかった。
その光景から目を逸らし、立ち上がった私を、彼が引き止めた。
「あの、」
聞きそびれたことでもあったのだろうか。
「貴方の名前を聞いても良いですか」
ああ、私は一番大切なことを言い忘れていたらしい。
「―――イヅミです」
こうして、奇妙な同居生活が幕を開けたのだった。
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