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どれくらい待ったのかよく分からない。けれども牛山さんが尾形さんを担いで連れ出してくるまで僕の体感では結構あったような気がしていた。よく尾形さんが大人しく担がれて来たな、とは思ったけれどもその時の僕にそれをツッコむ余裕などなかった。駆け寄って、牛山さんが下ろしてくれるのを待つ。
「尾形さん!!」
がっと肩を掴んで座らせて、べたべたと診察を始めた僕に尾形さんは何も言わなかった。牛山さんも黙って好きにさせてくれている。本当は先にお礼を言うべきなのに、僕は冷静な部分でそう考えることは出来ても実行することが出来ないでいる。
「………良かった」
一通り確認し終わって、僕が手を下ろすと、やっと尾形さんが口を開く。
「大丈夫に決まってんだろ」
「決まってはいないですよ」
この規模だ。正直無事だったのが信じられないくらいである。出てきたとしても酸素が足りなくて死んでいく人間だっているのだから。
僕の言いたいことが分かったのか、尾形さんはそれ以上は言わなかった。最近尾形さんが妙にしおらしいというか、なんというか。それだけ有用性を認められているのだと、そう思っておけば良いのか。どうにも微妙な気分だ。自分の能力が正しく評価されるのは良いことだけれども、相手が尾形さんであることだし。
「生きてるんだから良いだろう」
「結果論です」
「…やけにこだわるんだな」
「結果的に死んだら意味がないと言っているだけですよ」
「意味がない、か」
珍しく尾形さんが僕の言葉に引っかかったようだった。
「何か気になることでも?」
「いや、」
何と言ったら良いのか、と尾形さんは模索しているようだった。
「センセーでもそんなふうに言うんだな、と思ってな」
「僕は人間の生命を救いたくて医者になった人間ですからね」
「家永と較べたんじゃないから安心しろ」
それは安心して良いのかどうか、よく分からなかった。
作業はつつがなく進んでいるようだった。周りのどたばたと走り回る人々の邪魔にならないように、と立ち上がる。
「牛山さん、ありがとうございました」
「いや、礼を言われるようなことじゃねえよ」
こいつはどうせ一人で勝手に助かってただろうからな、と言う牛山さんの言葉に尾形さんは少しだけ自慢げに僕を見た。それに何を返したら良いのか分からなくて、すごいですね、とだけ言う。無難な言葉がお気に召さなかったのか、尾形さんはじいっと僕を見てきた。そんなに見てもこれ以上の褒め言葉は出て来ない。
人間は、死んだら終わりだ。
それは逆に、死んでしまえば、何もかもを終わらせることが出来る、と捉えることも出来るけれど。
そろそろ移動しようか、という話になった時、僕はハッと振り返った。
「音…」
炭坑の、中からだった。木の板を叩くような音。走り出そうとしてぐっと堪える。助かるかもしれない人がいる、さっき打ち付けられていた板を外せば良いだけだ。でも僕には一人でそれをやり遂げるだけの力はないし、尾形さんに頼む訳にもいかない。彼だってギリギリ助かっただけなのだ。ガスもまったく吸い込んでいない訳ではないだろう。…いや、言い訳だ。僕は尾形さんに無理をして欲しくない。尾形さんが僕のところに運ばれて来るような、そんなことは出来ればもう二度と体験したくないのだ。だから、尾形さんに頼むことはしない…したくない。
それを見ていた牛山さんは、ほう、と呟いた。
「伊佐早先生、耳が良いんだな」
「…耳が良いだけではどうしようもないです」
「そうだな」
ぽん、と頭が撫でられる。尾形さんの顔がものすごい勢いで歪んでいく。なんで尾形さんがそんな顔をするんだ、頭を撫でられているのは僕なのに。
「伊佐早先生は此処で待ってな」
「おい、牛山」
「お前は其処で休んでろ」
大きな手を翳しながら牛山さんは言う。
「先生は医者なんだろう」
それは、そうだけれど。
「なら、この選択は正しいモンなんだろうさ。それに俺は動けるからな」
「俺だって動ける」
「尾形さんは安静にしていてください! 水飲んで!」
「ほら」
「あ、いやっ、でも!」
だからと言って牛山さんにそんな危ないことを頼むのは本末転倒だった。僕が行くのならばまだしも。僕がどう言って止めたら良いのか分からないでいるうちに、牛山さんは思わずと言ったようにふき出す。ふき出すところがあっただろうか。
「そんな顔をするなよ、尾形」
「………」
どんな顔だろう、と振り向こうとしたら後ろから首を掴まれた。行動が早い。おかげで振り向けない。
「そんな顔をするくらいなら、この程度の我が侭くらい聞いてやれ」
「いえ、あの」
「今のはそいつに言ったことだから気にするな」
「ええ…」
大人しく待ってろよ、と再び頭を撫でるような仕草をしてから牛山さんは行ってしまった。言葉にこまる。そんな、僕は甘やかされるような年齢ではないのだけれど。でも、牛山さんからしたら同じなのかもしれない。
尾形さんは少し嫌そうな顔をしてから、水を飲んで来る、と立ち上がった。
「尾形さん」
「ちゃんと戻って来る」
別に、そんなことを心配しているのではないけれど。
「…センセーも、逃げ遅れた奴診るなら水要るだろ」
「はい」
「一緒に取りに来れば良い」
その言い方がどうにも一緒に来い、と言われているような気がして、でもやっぱりどうやって聞けば良いのか分からなくてはい、とだけ答えたのだった。
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