テールランプ交換手
迷子がどう生きていくかを、長いこと久我原八雲は理解していなかった。遊郭の一角に何とか息づきながら、結局何が正解だったのか分からないままだ。そんなことを思ってから、ああ、と思う。八雲はずっと、自分のことを何と表したら良いのか迷っていたけれど、そうか、迷子だったのだ。
客なんて取れそうもない鳥の骨みたいな身体だから、時折物好きの客に呼ばれるくらいで、あとは下働き。お遣いをしたり、疲れ果てた遊女の身体を清めてやったり。この世界は一歩下がれば闇ばかりで、誰もが下がらないようにと必死になっている。
「―――迷子」
だから、その言葉を聞いた時、ふいに顔を上げたくなったのかもしれない。
妙に目鼻立ちのくっきりとした、男が其処にいた。
「あのう、お客様ですかあ」
少しばかり舌の足りないような、そんな話し方がどうにもウケるのだと知っていた。だから八雲は、きっちりと喋ることが出来るのにそんなふうに喋る。こんな場所にいるのだ、客に決まっているだろうに。客はそう聞かれることを喜んだりするから、よく分からない。
「…清見屋か」
「はあい」
「どうしてそういう喋り方をする」
「ええと、いやですかあ」
「………」
どうやら気に食わなかったらしい。演技していたとバレないように、いやもうバレているのかもしれないけれど。舌に力を入れてみる。今指摘されたから頑張っているのだとでも言うように。
「すみません、学が、ないので」
「…喋り方と学は違う分野だろう」
「そう、ですか?」
「話が進まんな」
進ませていないのは客の方だろうに、と思いながらもそれを顔に出すことはしない。それくらいの技量は、八雲にだってある。
どうやら、接待をするのに八雲のいる店を使いたい、という話のようだった。上の人間を呼ぶべきだろう、と思ってよく分からない、という顔を作ってやる。旦那さんを呼びますから、と言えば面倒そうな顔をされた。
―――どうして、そんな顔をするのだろう。
分からない。
だって、八雲にはそういった遣り取りは許されていないのに。
店まで先導しながら、背中に突き刺さる視線を感じている。
「お前は店には出ないのか」
「呼ばれれば、行きますが」
「ふうん」
呼びそうにもない返事だった。ならなんで聞いたのか。よく分からない、無駄なことが好きなのかもしれない。
「普段は」
「お遣いとかあ」
「その喋り方はやめろ」
「お遣いとか、してます」
「ふうん」
興味がないなら聞かなければ良いのに。
店まではそう遠くない。八雲が店の旦那を呼んだら終わりだ。
奥へさあどうぞ、と呼ばれる客の、背中を今度は八雲が見る番だった。
「あの、」
―――誰も。
いない闇の中でただ途方に暮れていた。どちらへ行けば良いのか分からず、方向を指し示す光も見当たらず。あてもなく、進むだけ。理由も何もなく、進まなくてはいけないような気がして、それだけ。
「私、迷子に見えますか」
客は振り向いた。それから少しだけ目を細めて、同じだろ、とだけ言った。
「俺も、お前も」
「私が、貴方と?」
「違うのか?」
違う、と。
言えなかったことだけが心残りだった。
その客が尾形ということを、私は代帳を盗み見て、後から知った。
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