湖面は細波立ってどうしようもない



 欲しいものがあるなら、と私に言ったのは兄だった。兄はもう何処にもいないけれど、私はその言葉を忘れたことはない。まだ小さかった私には難しかった言葉、でも、兄が私を精一杯想ってくれた言葉。
「尾形、」
呼び声は震えなかった。何を聞いても、私はきっと尾形を可哀想だとは思えない。私に兄がいたことは、その兄が光り輝くような道を示してくれたことは運が良かったと言えるかもしれないけれど、でも、それだけだ。私は私だけのその思い出を抱えて誰かにぶつかることは出来ないし、誰かの兄≠ノなることも出来ない。…したくない。
「眠れないの」
「お前が眠らないからだ」
「私が起きてる間は起きてるの」
「そういうつもりはない」
「…そう」
何が言いたい、と冷たい声がする。いや、本当は冷たくもなんともないんだろう。私がそう感じたいから感じているだけ。
「抱かれたいのか」
「前も言ったけど、そうじゃないよ」
「ふうん」
「逆に聞くけど、尾形は私を抱きたいの」
「天地がひっくり返っても御免だ」
「なかなか言うね」
 兄は言っていた。何を手に入れるにも、待っているだけではいけないのだと。私もそう思う、欲しいものがあるのなら、自分から動くしかない。
―――でも。
その動き方が正しいのかなんて、誰に分かるというのか。
 動き方なんてものを、知らない人間もいるのに?
「尾形」
「なんだ」
「悲しいの?」
「なにが」
「悲しくないなら良いんだ」
「…変なものでも食ったのか」
「そうかもね」
「吐いておけ」
「吐かないよ」
見えないものには手が届かないから。
 それを知らない狗は永遠に繰り返すのだろう。
 ならば、せめて私に出来るのは一緒に沈んでやることだけだった。


















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