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手がかりを、と探したからと言ってそんなものが劇的に見つかる訳もなかった。
要約するとお前医者だろ、なんかないのか、違和感とか、というようなことを聞かれたりはしたが、残念ながら僕はあまり死体と戯れない方の医者である。勿論触ったことはあるし、解剖だってしたこともあるが、だからと言って詳しい、とは言えないだろう。知らないものを知っている、と言うのはよくないことだと僕は知っている。というか、それを言うならそれこそ家永さんに聞いた方が良いのではないだろうか。家永さんは死体もちゃんと触っている方の医者だろうし。
とかなんとか思っていると、何処かでがしゃん、と音がした。窓の割れたような音。尾形さんが駆け出したのに遅れて、僕も理解する。背中を追っていく。足が速いな、と思った。僕は特別遅い訳ではないはずなのにどんどん引き離されていく。
数歩先に尾形さんが飛び込んだ部屋の、扉が僕の目の前で閉まった。何か閉め出されたような気がして、指先に力が入る。
「尾形さん!」
その勢いのままに部屋に飛び込むと、案の定部屋の中は燃えていた。割れたガラス。其処から火炎瓶か何かが放り込まれたのだろう。それくらいは知っている。兎にも角にも避難しなければならないだろう、と僕が尾形さんを見上げ切るよりも先に、ぬっと手が伸びてきた。
「………、」
ぐい、と襟首を掴まれる。そしてそのまま、家永さんの方に押し付けられた。
「家永と一緒にいろ」
さっきはあんなふうに言っていたのに、と一瞬過ぎったけれど、そんなことを言っている場合ではないのは分かる。
「…はい」
「頭はちゃんと守れ。あと何かこの家から持ち出したいものがあったら好きにまとめておけ」
「好きにって…此処、尾形さんの家じゃないでしょう」
「どうせ燃えるんだ。一緒だろう」
それに家主は死んでるんだしな、と付け足されて、どういう顔をして良いのか分からなくなった。僕としては出来ることなら生きてるうちにお知り合いになりたかったのだが、まあこういう形であるならきっと、敵として認識されたのかもしれない。まあ、もう死んでしまっているのだから、考えるだけ無駄なのだろうけれど。
「センセー」
静かな声が、降ってくる。
「ちゃんとしろ」
「………しますよ」
「なら良い」
さっさと避難しておけ、と背中を押されて、少したたらを踏むようにして家永さんの方へと踏み出した。大丈夫ですか、と家永さんが支えてくれる。
「尾形さんは」
「牽制してくる」
退路を探さにゃならんからな、と尾形さんが行ってしまってから、家永さんがどうするんだ、とでも言いたげに僕を見遣った。
「………探しますか?」
「いえ…流石にそんな呑気じゃないですよ」
逃げるとこ探しましょう、と歩き出す。流石に鶴見さんだって、そう多くの兵を動かすことは出来ないはずだ。というか、そんなたくさんで動いていたら囲まれる前に誰かが気付いていただろう。でも、誰も気付かなかった。ならばそういうことなのだろう。僕でも分かる。
外にいるのがそう多くないのであれば―――必ず、空いているところがあるはずだ。屋敷に火を放った主目的は証拠隠滅だろうし、それに乗じて此方の人数を減らそう、という目論見なら火の手がそう回らないうちに乗り込んで来るだろう。
「急がないと」
「ええ」
僕が歩き出すと家永さんはついて来てくれた。
階段を駆け下りる。一階にも火炎瓶は投げ込まれているようだった。あちこちで火の手が上がっている。昨日、散々歩き回った屋敷だ。大体、何処に窓があるか、とかも覚えている。脱出経路、という観点で見ていた訳ではないから、本当に其処から抜けられるかは行ってみないと分からなかったけれど。
「横側から当たってみましょう」
「でも、窓には鉄格子がはまっていたと思いますが」
「…何か、斧でもあれば良いんですが…とりあえず、行ってみましょう。動いてたら何か思いつくかもしれませんし、窓側の方が空気は確保出来るでしょうし」
「それもそうですね」
自分で言っておいて何だが、そんなに勝算があるようには思えなかった。それでも、やるしかないのだ。それだけは、分かっている。
此処で立ち止まっていたら、ただ、死ぬのを待つのと同義だから。
「此処は、だめですね」
「ええ。向こうを見てきましょう」
「はい」
声など焔に紛れてしまうのに、潜めて。それをかき消すように、玄関の方で大きな音がした。もうか、と思う。
「―――」
家永さんがしぃ、と唇に指を当てた。こういう仕草の様になる人だなあ、とこんな時なのに思う。
入ってきたのは案の定、兵隊さんだった。どうやら此方には気付いていないらしい。真っ直ぐ主要な部屋へと向かっていくのは、証拠隠滅が最優先だからだろう。
「すみません、家永さん」
息を、吸う。煙が少し入って、肺の辺りが痛む。
「今、上に兵隊さんが上がっていくのが見えました」
それだけで、家永さんは僕の言いたいことを察したらしい。
「…行くんですか」
「はい」
だから、僕は頷く。
「脱出経路は任せます。貴方がいないと困ることがあるはずです。だから貴方は貴方の身の安全を第一に考えてください」
答えは聞かなかった。止められても止まることは出来ないから。
廊下を窺ってから階段を駆け上る。
僕を追ってくる影は、なかった。
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