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自分の足音がやけに重く聞こえた。もうあちこちに火が回って、ごうごうという音がしているのに、聞きとがめられるのではないか、と思ってしまう。聞きとがめられたら僕は、どうなるのだろう。鶴見さんの考えがどういうものであったとしても、それが末端の兵隊さんにまで行き渡っているとは思えない。僕の顔なんて知らない人の方が多いんじゃないだろうか。なら、僕は殺されるんだろうか。見慣れない男がいる、見慣れないというのならば敵だろう、という寸法で。特に、鶴見さんの陣営なんかはさっさと敵対陣営を排除したがるだろうし。
「………尾形さん…?」
焔の音に紛れて、何か音がする。誰かいるのか、屋敷が崩れ行く音なのか、僕には判別がつかない。つかないから、廊下をいちいち覗いてみることしか出来なくて。
「ッ、」
やっと。
見つけたと思ったのに。
僕は駆け出す。尾形さんの上に、誰か、兵隊さんが乗りかかっている。あれでは脱出も出来ないだろう、銃を取り上げられて、顔は見えないけれども殴られているんじゃあないだろうか。
「尾形さんッ!!」
声を上げてしまってからしまった、と思った。黙って駆け寄れば良かったのに。尾形さんではなく、上の兵隊さんが顔を上げた。その視界には僕が映ったようだった。一瞬その肩は強張ったが、直ぐにそれも解けた。僕は敵ではないのだろう、そう、判断された。正しい判断だ、ここで来たのが家永さんだったら警戒すべきだろうけれど、僕だった。
それを、悔しがる必要なんてないはずなのに。床を蹴る足に力を込める。僕は、医者だった。今は白衣も何も着ていないからそれは見て分からなくとも、鍛え上げた屈強な兵隊には見えなかっただろう。そんなことは、分かっている。
でも。
―――医者だからって、舐めてもらっちゃ困る。
僕は確かに医者だ、人を積極的に殺すようなことはしないだろう。今も、これからも。でも、それは殺さないのであれば別に、何をしても良いと考えているのと同義だった。
息を吸う。
僕だって、動くことは出来る。
「く、そ…ッ!!」
「な!?」
懐に飛び込む。胸から銃剣が生えているのは見れば分かった。尾形さんが刺したのだろう、ならば、僕がやるべきことは一つだけだった。
なのに。
「…ッ!? センセー!?」
浅い。この人も肺に銃剣が刺さっているのによく動く。今の動きで抜くはずだったのに、固くて引き抜けなかった。何処ぞの筋肉に力が入っているのだろう。抜いたら大量出血間違いない訳だし、もう死ぬのは確定なのだからどうにかして一人くらい倒したいだろうし。
「お前も…ッ」
流石にそんなことをされれば無視し続けることは出来ないらしかった。銃床が振りかぶられる。この距離だと避けることは出来ない。でもまあ、殴られるくらいなら。どうにでもなる。撃たれるとなると話は別だけれど。悪くて骨が折れるくらいだろう。運が良ければ鼻血が出るくらいで済む。
全部が全部、ゆっくりに見えて。
「殺すなッ!!」
尾形さんの声が、遠くに聞こえて。
ばがん、とすごい音がした。
「え…」
「………」
吹っ飛んだ兵隊さんがまた尾形さんを下敷きにして、その下から尾形さんが這い出してくる。
現れたのは杉元さんだった。
「先生、アンタ無茶すんのな」
「あ、え…すみません…ありがとうございます」
「気にすんな。土方は」
「下だと思います。ですよね? 尾形さん」
尾形さんは鼻血を出したまま、何も言わなかった。それから杉元さんを見て、お礼を言って欲しいのか、なんて言った。今はそれどころじゃないと思うのだが。杉元さんも杉元さんで売り言葉に買い言葉と言った様子で、同じ空間にいる僕はあまりにも身の置き場がない。
「…尾形さん」
「………下、だろ。知らんが。上にいないならそうなんだろ」
「あれ、もしかして本当に知りませんでした?」
「………最後に見た時は台所にいた」
「なんだ、知ってるじゃないですか」
下だそうですよ、言うと杉元さんはだろうな、という顔をした。分かっているなら聞く必要もなかったのではないか、と思うけれど。まあ、勝手に判断して突っ走るというのはよくない、のだろう。特に、こんな追い込まれているような時は。
よいしょ、と尾形さんが退かせた兵隊さんはもう、動かなかった。死んでいる、それは見たら、分かる。もともと僕が来た時には死ぬことが確定していたようなものなのだ。今更驚くことはないのに。それに気付いた杉元さんが、ああ、と声を上げる。
「死んだぜ」
「………そう、ですか」
咄嗟に言葉は出なくて、絞り出したようなものになった。それを聞いた杉元さんは、顔を顰める。そんな反応をするくらいなら最初から何もやらなければ良いのに、とでも思っているんだろう。僕だってそう思う。
抜けなかった銃剣の感覚が今になって生々と蘇る。今までだって、そういうことはしてきたはずだった。何かが刺さったままの人を治療することだってしたことがない訳ではないのに。人が死ぬところだって、何度も何度も見てきたのに。
これをやめたらこの人は死ぬだろうと分かっていて、治療をやめたことだって、あるのに。
こんなにも違うのか、と思う。同じだと、思っていた訳ではないけれど。
「とっとと行け」
尾形さんが遮るように言う。いや、そんなことをしてくれるはずがない。単に時間がないだけだろう。
「お前はどうすんだよ」
「此処から牽制を続ける。開けたら指示くらい出すさ」
「は、それくらいはやってもらわないとな」
土方と合流する、と言い残して杉元さんは去っていく。
手のひらには、未だ生々しい感覚が残っていた。
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