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結局二手に別れることになった。僕は尾形さんの方にちゃんと割り振られた。この辺りは土方さんの優しさだろう。いや、借りを作らせておこうとか、打算的なものもあるとは思うが、少なくとも僕は優しさとして受け取っておこう。優しさ、というものが皆無な訳ではないだろうし。うん。優しさというのは限り在るものだから、受け取れる時に受け取っておくべきなのだ。
しかし、と思う。脱出する僕たちを追いかけるように、館の中からは絶叫が聞こえた。それが逃して悔しい、とかの叫びには聞こえなくて思わず振り返ろうとすると、ぐい、と尾形さんに首を掴まれた。首を掴まれた、と普通に言ったけれど普通は首など掴めないものと思うのだが。後ろ側からで直接気道を圧迫されるようなことにはなっていないことを喜ぶべきだろうか。
「………痛いですよ」
やめてください、と言えば存外素直に手は放された。振り返って欲しくなかっただけのようだけれど、それならそれで声をかけるとか、もっとほかに手があると思うのだけれど。
僕が尾形さんを見遣ると、ふ、と尾形さんは鼻で笑った。
「アンタ、今、最高に面白い顔してるぞ」
「はあ?」
「俺が崖から落ちた時もそんな顔してたのか」
崖から落ちた、時。
思い出す。
思い出そうとする。
僕はあの時、一体何を思って尾形さんの処置に当たったのだろう。
「…面白い顔で貴方の顔縫ってたら、流石に同僚が何か言いますよ」
「それもそうだ」
「僕、これでも優秀なんですよ」
「知ってる」
「あと、あの時の処置は普通にめちゃくちゃ褒められましたし」
「そうなのか」
「友人の治療なのに冷静ですごいって」
「…友人じゃないんじゃなかったのか」
「もう否定するのも面倒で」
はあ、とため息を吐いてみせると尾形さんはなんとも言えない顔をした。本当になんだろう。別に、僕と友人になりたい訳でもなかろうに。
そんな沈黙を破ったのは、杉元さんだった。
「…その傷、アンタが縫ったのか」
「はい。見てくださいこの縫合痕! きれいでしょう! 普通こんなにきれいには戻りませんよ! 僕の技術がしっかりしているのはさておき、尾形さんの生命力というか治癒能力というか…凄いですよね…ひきますよ…」
「センセー、首が痛い」
「それは失礼」
興奮して思わず尾形さんの首をぐいっと持ち上げたら流石に嫌がられた。すぐに手を離す。向かいの杉元さんはどうにも微妙な顔をしていたので少し考えていると、あ、と思い立った。
「そういえば、」
食事の時、そういう会話をしていたのをすっかり忘れていた。多分、僕の中でそう重要ではなかったのだと思うけれど、今思えばとても貴重な証言例だ。そういえば尾形さんは一回意識を取り戻した時に何か書いて、それがふじみ≠ニ読めたというのは医者の方にも伝わっていたことだった。杉元さんは、不死身の杉元≠ニ呼ばれているらしい。なるほど、とやっと合点がいった。
「杉元さんが尾形さんを崖から突き落としたんですか?」
空気が凍ったが、それを気にする僕ではない。だからじっと杉元さんを見つめたまま、僕は答えを待っている。そんなに答えにくいことだろうか。はいかいいえで答えられるものだと思うのに。杉元さんは目線をあっちへやったりこっちへやったら忙しくしながら、それからやっと僕の方を向いた。
「………あれは、」
「事故ってことにしておけよ、センセー」
驚いたことに杉元さんの言葉を遮ったのは尾形さんだった。
「これから協力し合わなくちゃならんのだからな」
「………ん? いや、僕は別に杉元さんに何か言おうと思った訳ではなく、あれほど見事にぐちゃぐちゃだった顎は一体どういう形で起こったのかと思って」
今後の参考に、と言いかけたところで僕はやっと自分が言うべき言葉を間違えたことを悟った。だってでも、まさか尾形さんがそんな言葉を求めているなんて誰が思うだろう。いや尾形さんは僕の患者さんなのだから僕は分からなければならなかった。
冷や汗がドッと出るのが分かる。どうしよう、と言葉を探すけれども何を言ったら良いのか。
「………そうか」
「いえ、あの、その、僕も医者なので、今後に役立てようと」
「センセー」
「はい」
「俺は、二度も顎を砕かれる気はねえ」
「あったら困りますけど」
「………それもそうだな」
「でしょう」
医者なんて本当は活躍するような場面はない方が良いんですよ、と僕が言うと、アンタがそれを言うのか、という顔をされた。こんな事勿れ主義を前にして不思議な顔をする。医者が活躍するような場面なんて、大抵が地獄絵図だった。だから、ない方が良い。だから、二度と起こらないように聞いておく必要がある。
「で、杉元さん。どういう感じだったんですか」
「えっ」
「是非教えてください!」
この流れで聞くの!? と言われたが此処で聞かなきゃいつ聞くのだ。尾形さんが二度目はないと言った以上、此処で聞かなければ一生聞けないだろう。
杉元さんはやりにくそうに尾形さんを見た。僕も尾形さんの方を見る。確かに殺されかけた状況、を人に勝手に話されるのは嫌なのかもしれない。だってつまり、それは敗けたということだろうし。でも、これは本当に良い機会だった。これだけ僕のあれやこれやを横で見ていた尾形さんが、それを分からないはずがない。じっと、見る。止めてくれるな、という目になるように心掛けて。
そうして暫くしてから、尾形さんはため息を吐いた。
「一回だけだ」
「分かりました! 杉元さん! 簡潔にお願いします!」
杉元さんが思い切り信じられない、という顔をしたのが分かったけれど、僕は諦めるつもりはなかった。尾形さんはそっぽを向いたし、杉元さんも本人が言うなら良いか、と思ったようだった。
「俺も、直接見た訳じゃないが、雪の斜面をそいつが滑り落ちて、多分音的に下にあった岩に当たって、それから川に落ちた」
「えっドジなんですか」
「こいつが銃を投げてきてそれが後頭部に当たったんだよ」
「………銃を、投げる?」
「それはこいつの所為で銃が使えなくなってたからだ!」
「えっ、尾形さん銃壊すとかそういうこと出来るんですか?」
「…壊さんでも、此処をこうして外すと使えなくなる」
「あー! なるほど。バネが効かなくなるんですね」
「そういうことだ」
流石に銃の仕組みなんかは詳しく知らなかったので、勉強になった。どういう仕組みで撃てるのか、などは知っていても、その他の仕組みは殆ど知らないのだ。
僕がかちゃかちゃとボルトを抜いて遊んでいると、そのうちに尾形さんに取り上げられた。
「やっぱり離れがたいものなんですか?」
だからそう聞いたのに、尾形さんは少しだけ信じられないものを見たような顔をして、それから、アンタは医者だろう、とだけ言った。
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