これが例え紛い物でも。



 毎月一日―――ランスはアジトの最下層にある研究室に向かう。
 コツコツ、と足音が反響して消えていく寒々とした廊下に、ランス以外の人影はない。
「イヅミ、入りますよ」
一声掛けて開けた扉の向こうは無人だった。ランスは首を傾げる。いつもなら、イヅミはとうに到着していて、検査やら調整やらの準備をしているのに、今日はどうしたのだろう。まぁ、彼女にも彼女の理由があるのだろうと思い、ランスは診察台に腰掛けた。
 遠くの方で足音がしている。段々と近付いてきているということは、この部屋の主なのだろう。
「遅れてごめん!」
ランスの予想通り、飛びこんできたのは白衣を着た研究員だった。
「時間に正確な貴方が珍しいですね」
「日付が一日ズレてたんだよ」
さっきまで寝ていたのだろうか、髪が少し跳ねている。
「よし、早速だけど、血、採ろう」
イヅミは腕まくりをすると、採血の為の道具を出して来た。

点滴で繋がる午前十時

 「今回も異常なし」
データと向き合いながら、イヅミは言う。
「点滴もいつもので大丈夫だね」
点滴の針を刺してしまえば、あとは終わるのを待つだけだ。後片付けを終えたイヅミは、ふぅ、と息を吐いてランスの隣に座った。
「この検査やら何やらをこなせるのは私だけになってしまったよ」
その言葉に思い浮かべるのは狭くて薄暗い研究所。殺戮兵器を作ろうと、生まれたばかりの私を被検体として扱った、場所。
「殺したのですか」
あそこにはまだ、研究員が残っていたはずだ。…顔など、覚えていないが。
「んー殺した訳じゃないんだけどね、ちょっと君のことを喋ってあげたら、勝手に劇薬摂取して死んでいった」
―――君が人間になってしまったことが、余程ショックだったらしいよ。
クスクス、とイヅミは笑う。
「部下は育てないのですか?」
「君を任せても良いって思える程、優秀な子がいないんだ」
やれやれ、と呟くが、イヅミの部下は団の研究員の中でも、比較的優秀なものを選び、つかせているはずだ。それでもこの仕事を譲らないのは、ハードルが高いのか、はたまた。
「君と私はまさに、運命共同体なんだよ」
「私の一方的な依存のように思えますが」
どうかな、とイヅミは笑う。
「君が死んでしまったら、私は用なしになるだろうよ」
その横顔は用なしになることを望んでいるようでもあった。それはきっと、ランスの自惚れではない。実際、イヅミは優秀な研究員だ。現在ロケット団の頂点であるアポロさんが、そして近い将来戻ってくるであろうサカキ様が、この少女を手放すとは思えない。だから、先程の台詞は、イヅミの願望だ。
 点滴の針が抜かれる。これで私はまた一ヶ月、普通の暮らしが出来る。調整を欠かしたことはないから、どうなるのかは知らないが。
「じゃあ、また来月」
器具を片付けながら放たれた言葉に、私は一つ思い出した。
「来月の検査ですが、少しずらすことは出来ませんか?」
「え、何、任務でも入った?」
「まだ入ってはいませんが、アポロさんが、出来たら私に頼みたいと」
「アポロくんの頼みじゃあ断れないな」
苦笑い。
「分かった、日時決まったら連絡するよ」
身支度を済ませた私は、頷いて立ち上がった。…また、彼女と余り顔を合わせない日々がやって来る。この組織に身を寄せる以上、仕方のないことなのだと納得していた。
 「ねぇ、ランス」
部屋を出て行く寸前、イヅミに声を掛けられる。
「私は君をこんなにした研究者のうちの一人だけど、まだ生きたいと思ってる」
何を突然言い出すのかと思った。そんなこと、とうの昔から分かっているというのに。
「だから、死なないでね」
その言葉を聞いて、ランスは納得した。先の言葉は言い訳、か、と。
「ええ、分かっています。ですから、貴方はその為のサポートを怠らないでくださいね」
「りょーうかい!」
屈託のない笑みが零れた。それを見届けてから、ランスは部屋を出る。
 この感情が愛おしさ≠ネのだと、誰に聞かなくても分かっていた。


















prev / next

ブラウザバックor戻る
ALICE+