73



 夕食は山菜が主だった煮物になった。美味しかったが、確かにこれから山中を行くのだ。肉は摂った方が良い。アシリパさんの罠であの鳥が獲れていれば良いのだけれど。狩りのことは分からないので、僕はただ願うだけだ。
 生き物を。
 殺すことに、そう抵抗がある訳ではない。僕は肉だって食べるし、自分でやらないだけで狩猟から解体まで横で見ていたこともある。ちなみに当時やらなかった理由は、単純に力がないからだった。あと、素人の不用意な手出しは肉の質を落とすのだと聞いていた。
 人間だって、生き物なのに。
 別に、食べるようなことをしようと思っている訳ではない。でも、他の肉は殺して食べるのに、人間は殺すことすら躊躇われる、なんて。勿論、分かっている。同じかたちをしているから、同じように生きているから。あまりにそれは、僕たちの脳裏に灼き付いている。それを、分かっていなかった訳ではない。でも、もっと上手く、やれると思っただけ。
「…センセー」
闇が深まる。他の人々はもう寝入ったらしい。
「何ですか、尾形さん」
「もう、今日のようなことはするな」
「やはり、邪魔ですか」
「そう言ったら、もうしないのか」
「どう、でしょう。分かりません」
殺したかった訳ではない。でも、あの兵隊さんをどうにかしなければ尾形さんは死んでしまうと思ったから。
「力のないやつがいたところで、死ぬだけだ」
「…そう、ですね」
「センセーだって、痛いのが好きな訳じゃあないだろう」
「………はい」
「なら、もう、良い」
―――尾形さんは。
 僕に、人を殺して欲しいのだと、そう思っていたけれど。
 こんなことを言うのだな、と思う。
 夜の、闇の中で。
 僕は尾形さんの表情が浮き上がらないことにほっとしている。
「あの娘、のっぺら坊の娘なんだな」
「………言ってましたね」
土方さんが遮った時。尾形さんはひどく驚いた顔をしていた、ように見えた。
 のっぺら坊、というのがこの金塊争奪戦において、重要な人物であることはなんとなく聞かされていた。その、娘、となると。尾形さんは知らなかったのだろうか、否、そもそものっぺら坊、というのが何処の誰だかもよく分からない、という話だったのだから知らなくて当たり前か。情報が極力広まらないように顔を削がれ、脚の腱も切られたのだと尾形さんは言っていた。ひどい、話なのだろうと思う。でも僕はその話を聞いた時、なるほど、と思ったのだ。
 顔というのは、人間が思っているよりも多く情報を詰め込んでいる。ならばそれを一番に剥ぎ取ってしまえば得られる情報は格段に減るだろう。あとは喉でも潰せば完璧なんだろうが、それは情報を取り出すのに手間が掛かる。だからしなかったんじゃないか、と思ったけれども、そもそも誰がどんな意図で人間の顔なんて剥いだのか分からないのだから、どんなに考えても想像の域を出なかった。しかし、まあ、目視で情報が格段に減るというのは間違いないだろう。
「のっぺら坊にも娘がいたんだな」
「そう、ですね」
尾形さんがどうして今、その話題を振ってきたのかくらい分かっている。分かっているけれども僕はきっと、反応しない方が良い。良いと、分かっているのに。
「―――」
 息、が。
 震える。
「血、で」
これも、尾形さんの策略なのだろうか。自分は何も知らないと、それを貫くための? でもそれをして何になるのだろうか。
 証拠は、何もないはずだった。そちらの方が証拠隠滅を失敗するはずがない。それに、既に死んでいる人間に何を聞くのだ。死人に口なし。僕だって本当のことを知らないのだと、シラを切ることくらいは出来る。
 でも、今、声が震えるのは。
「血で、すべてが決まるのであれば、」
どうしても思い出してしまうから。こちらは恐らく完全に証拠隠滅が出来ていなかったのだろう。それでも消したものだった。
「…どんなに、」
もう彼がいなくなった今、消して構わないから自由が欲しいと、願ったものだった。
「………すみません、何でもありません」
それに尾形さんはそうか、と言っただけだった。
 追求されないことが、こんなにも怖いことだとは知らなかった。


















prev / next

ブラウザバックor戻る
ALICE+