ヤムライハ様に拠れば俺のルフは少し、不安定らしかった。
 ない、とか言われなくて良かった、と思う。まあ、別世界とは言え俺は魂というものの存在を信じているので、形は違えど似たようなものにはなるのだろう、と自己解釈した。素質がある、ということだったので、魔法が本当に使えるかどうかいろいろと調べてもらって、そこまで強くはないが簡単なものなら使える、ということも判明した。というより、簡単なもの以上にならないのは、俺のルフが不安定で、それに影響されて周囲のルフも不安定になるから難しい術式を行使できない、ということらしい。
「ううーん」
ルフの状態を見るのにそんなに近付くことはないんじゃないだろうか、と思いつつ、俺はされるがままになっていた。他の研究員だろうか、王宮魔導士というやつだろうか、ヤムライハ様の部下が一応いるのに、止めてくれないのはどうしてだろう。もしかして、研究職って総じてこんな感じなのだろうか。そういう人々とは触れ合うことのない人生だったので何も分からない。
「こんなルフの状態は見たことがないんだけど…」
「そうなんですか」
ヤムライハ様の方を見て答えてしまうと、ついでに胸を直視してしまいそうなので横を向いて答える。失礼かとは思ったが、どうやらそんなことは気にしないでいてくれるらしい。南国とは言え、もうちょっと着込んでくれてもいいんじゃないだろうか。
「不安じゃないの?」
「不安、と言われましても…」
 困った。俺としては不安定な理由に大凡の見当がつくのでそうでもないのだが、確かにルフが見えているのにこの状況で不安にならないのはおかしい。でも、今まで見えていなかったものが突然見えるようになっただけで、俺自身は特に変わっていないようだし、見当がついているのを差っ引いてもそこまで不安にならないものなのかもしれない。
「とりあえず、健康には問題はないみたいですし」
「それは…そうだけど…」
ルフはその人そのものなのに、と言われる。そうだっけ? とは思ったが、まあめちゃくちゃ読み込んでいるわけでもないので、普通に忘れていることもあるだろう。
「うーん、確かに健康そのものだと思うし、不安定だからって他に影響が出そうってこともないけど…。魔法が使いづらいってくらいで…」
「そういえば、最初はヤムライハ様の魔法で此処まで降りてきたと思うんですが、その時は何もなかったんですか?」
「うん。何もなかったわね」
答えが簡潔過ぎる。
 流石のヤムライハ様も同じことを思ったのか、ええとね、と続けてくれる。
「あの時は、私が、周囲のルフに命令式を打ち込んで魔法を使ったの。貴方自身のルフに働きかけたわけじゃあない。多分、だから何もなかったのね」
「ええと…なら、俺自身のルフに働きかけるような魔法はうまくいかないかもしれない、ってことですか?」
「そうね、その可能性は充分にあるわ」
なら、魔法で自白させる、とかも難しいのだろうか。まあ、そういうのに関しては普通に自白剤とかありそうだから大丈夫なのだろうけれど。しかしそうなってくると、ヤムライハ様たっての願いとは言えこうして一緒にいるのは望ましくないのではないか、と思ってしまう。いや、一緒にいるのが嫌だとか、そういうことではなく。
「だからね、ヨナ」
俺が考え込んでいる間に、またヤムライハ様は俺の手を取った。
「絶対に、大きな怪我はしちゃだめよ」
「………え?」
なんでそういう話になったのだろう。
 目を白黒させる俺などお構いなしに、ヤムライハ様は続ける。
「私くらい強い魔導士だったら…ある程度不安定でも、打ち込む術式の選択で魔法は使えるかもしれないわ。でも、私レベルの魔導士はそんなに多くないし、私だってずっとヨナの様子を見てられるわけじゃない」
「え? あ、はい…そうですね?」
「だから、大きな怪我をしたときに私がそばにいなかったら、回復魔法もうまく効かないかもしれないの」
「はあ…」
なんでそういう話になっただろう、とまた思ったけれど、ヤムライハ様は心底真面目に言っているようだった。まあ、目の前に回復魔法の効かないかもしれない人間がいたら、普通は心配になるのかもしれない。たとえ、それが現時点では不審者でしかなくても。
「え、えと…気をつけ、ますね」
「うん。そうして。約束よ」
「はい」
俺が頷くと、ぎゅ、ともう一度だけ手を握られて、それからやっと離された。なんていうか、いい人だなあ、と思う。最初の頃くらいの警戒を向けられても、俺は別に仕方ないと思っていたのに。
 でも本当に不思議ね、とまたヤムライハ様が俺の周りを回りだす。誰かそろそろ止めてくれ。
「ヨナの故郷では、みんなこんな感じだったの?」
「さあ…」
俺のように、向こうからこっちに来る、なんてことがあれば同じようになるかもしれないが、そもそもこんな、別の世界に来てしまう、なんてことがよくよく起こるはずがない。あり得ないことだと思っているからこそ、そういう設定の物語がウケていたのだろうし。どう言ったものかな、と考えながら一つひとつ、言葉を選んで伝える。
「故郷では、ルフを見たことがなかったので、よく分かりません」
「え、そうなの?」
「見える…人もいたかもしれませんが、ルフ、という呼ばれ方はしてなかったように思います」
一応オカルト分野になるし、名前とかいろいろあったのだと思う。でも、確かルフは魂の一番小さい単位だったはずだから、魂という言葉は知っていてもそれ以上はよく、分からない。業とか、そういう方面とも違うと思ったし。
「そうなんだ…」
「すみません、ちゃんとしたことが言えなくて」
「ううん。普段見えていなかったのなら、気にしないものだもの。でも、何か思い出したら教えてね」
「はい」
はい、と答えながらも、俺は多分この先も別に彼女に何を言うこともないのだろうな、と思っていた。

 ヤムライハ様と別れて、当初の予定通りに図書館に行って、政務室へと戻る。
「戻りました」
俺の出入りに慣れた他の文官さんたちが、おかえり、と言ってくれたので会釈で返す。ジャーファル様は俺を一瞥しただけで、特に何を聞いてきたりはしなかった。まあ、必要な報告だったらヤムライハ様があげるだろうし、俺には関係がないだろう。
 そう思って、俺は持ってきた本を開く。
 何を言って、何を言わないのか。
 出来ればその基準は、このまま守れたらいいな、とだけ思った。



















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