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 そういう感じで、俺の意見などさっぱり聞かれなくて。何故か俺は間借りしている部屋でジャーファル様と向き合っている。どうして? 百歩譲って俺の話が聞かれないのはいいけれど、やっぱりこれはおかしくないか?
 部屋にある勉強用の小机を引っ張ってくると、ジャーファル様は其処に瓶をどん、と置いた。おかしいな、酒の瓶に見える。もしかして俺は部屋に戻ってからジャーファル様を待っている間にうたた寝でもしてしまったのだろうか。
「以前、酒は飲めると言ってましたよね」
「え? ええと、はい…」
目を擦ってみたがどうやら現実らしい。眠いんですか? なんて聞かれてしまった。全然眠くない。寧ろ緊張で眠気なんてどっかいった。何処からともなくコップも出てくる。そういえばこれ、何で出来てるんだろうな。木とか何かの角らしいものとかはなんとなく分かるんだけれど、ジャーファル様がよく使っているのはちょっと違う気がする。重さもあるし、石とかなんだろうか。
 とぽとぽ、と酒が注がれていく。俺がやります、とは言ったのだけれど、押し切られた。慣れてますから、と言われてしまうと正直そうだろうなあ、という感想しか浮かばないわけで。
「…これは、何の酒なんですか?」
すん、と香りを吸い込んでみる。結構甘い。以前パパゴレッヤの酒は少しもらったことがあるが、それに似ている気がする。でも、多分パパゴレッヤではないと思う。
「なんだと思いますか?」
「果実かな…とは思うんですが…。うーん…?」
此処へ来てから食べたものに脳内検索をかけてみるが、特に引っかからない。そこまで高性能な舌をしているわけではないから、仕方ないかもしれないけれど。
「ふふ」
「…なんですか?」
「いえ、随分真剣に考えてくれるんだな、と思って」
笑いどころだっただろうか、今の。分からないながらも、聞かれましたからね…? と返してみる。
「果実なのは正解です。これはマルルンゴから作られた酒なんですよ」
「あ、これが噂の…」
なんでも、生で食べると大変美味しいのだけれど匂いがやたらとキツくてお腹も壊すことがある、でも一度食べると生で食べるのが一番良い、と言わざるを得なくなる魅惑の果実、なんだとか。元の世界で言うドリアンみたいなものだろうか、確かそんな食べ物だったはずだ。名前はマンゴーみたいだけれど。
「酒にすると香りは普通になるんですね」
「そうですね。でも、香りほど甘くはないんですよ」
「へえー」
飲んでみてください、と言われて、断る理由もない。
「ではいただきます」
 とりあえず一口、と口に含む。言われたとおり、そこまで甘くはなかった。でも、甘い香りが鼻に上がってきて結構来る。これはあまり食事と一緒に、っていうタイプじゃあないんだろうなあ、と思いながら嚥下した。喉が思ったより熱くなって、度数が結構強そうだ、と思う。まあ度数、という概念はないみたいなので口にはしないが。強い、中くらい、弱い、程度の認識しかないはずだ。酒に強くない人は苦労するだろうなあ、と思ったのを覚えている。ふう、と息を吐いて、それからジャーファル様に向き直った。
「すごく美味しいです」
「そうですか」
よかった、と続けられてまた、違和感が胸に居座る。いや、会話の流れとしては別に何もおかしくないはずなのに。こんなどうでもいいことを気にしている俺がおかしいのだ。
「でも、呑み口の割には強いですね」
「ええ。熟成に時間がかかるので、どうしても強くなるみたいです」
「へえ…」
くるくるとコップを回すと、ぐっと香りが強くなった。果肉だろう、酒の中に浮いているものを一緒に口に含むと喉越しが変わって面白い。
「気に入ってもらえたようでよかった」
また、よかった。気にしないつもりだったのに、と思って顔を上げると、ジャーファル様は自分のコップに二杯目を注いでいた。あなたも要りますか? と聞かれて、慌てて頷く。この人いつ飲んだんだろう。俺が酒に夢中になっていたのを差し引いても全然気付かなかった。
「えっと…ジャーファル様も、酒には強いんですか?」
「さあ…どうでしょうね」
「………」
酒の強さを聞いたのに誤魔化される理由が、俺にはちょっと分からない。でも、この手の答えを寄越す人間は、めちゃくちゃ強いかめちゃくちゃ弱いかのどっちかな気がする。そういえば酒癖が悪い、というのを聞いたことがあるけれど、どういうタイプの酒癖の悪さなんだろう。絡み酒とかならまあ、俺でも対処出来そうな気がする。飲め飲めと勧められまくっても多分大丈夫だろうし。
 そんなふうに警戒しながらも、勧められるままに酒を飲む。時折つまみに手を出しながら、ジャーファル様のするどうでもいい話を聞いていた。ちなみにこのどうでもいい話、というのは俺が聞いても問題のなさそうな話、という意味である。王宮の中庭に新しい花が植えられたとか、食堂のメニューがまた増えるらしい、とか。このつまみも食堂から拝借してきたものらしい。食堂の人たち、びっくりしたんじゃないだろうか。いや、ジャーファル様も夜食とか食べてるのかもしれないけれど。俺はそういうのを見たことがなかったから。
 ジャーファル様は最初こそ普通の顔で飲んでいたものの、少しずつその身体を机にもたれさせていった。自分が飲むより俺に注ぐ方に偏りはじめたから、水でも飲みますか? と聞いてみる。水はいつでも飲めるように水差しに用意されていたし、わざわざもらいに行くこともない。頬が少し赤らんでいる程度だったけれど、よくよく見てみると目が据わっているし、とりあえず宥めすかしてでも飲ませた方がいいだろう。水は枕元にある。取ってきますね、と立ち上がろうとした、ところで。
 くい、と。
 服の裾が引かれた。
「………ジャーファル様?」
「…ヨナ」
誰がそんなことを、なんて、一人しかいない。じい、っと視線が俺に注がれる。水を取りに、と言うはずが、そうやって見上げられると言えなくなってしまう。
「此処での暮らしは、楽しいですか?」
「えっ………?」
思わず、目を瞬(しばたた)かせた。まさかそんなことを聞かれると思っていなくて、答えに詰まる。
「…楽しく、ないんですか?」
「あっ、いえっ、たのしい! 楽しいです!」
慌てて答える。酔った人間の悪ふざけの問いだろうと、そんな顔をされては流石に罪悪感がわいた。それに、楽しいのは本当だったし。
「それならよかった」
ふわり、とジャーファル様が微笑む。まただ、とは思ったけれど、その表情があんまりにも嬉しそうなのでそれ以上思考は続かなかった。水を、と俺が繰り返すと裾が引かれる。座れ、ということだろうか。そう思って座ってみると、よく出来ました、と言わんばかりにまた微笑まれた。これ多分酔っ払ってるよな? ちょっと予想外の酔い方だ。ていうか、俺相手にこんな酔い方して良いのだろうか。
「………ジャーファル様」
「ヨナ、」
水を、と言うより先に名前を呼ばれる。
「私は…本当は、あなたに仕事を与えなくてはいけないのに」
「え、あ…くれるなら、欲しい、ですけど…」
「ですよね」
「でも、俺、怪しい…ですし。それは、分かってます、し…いえ、本当に、仕事がしたくないわけではなく」
「分かってますよ」
 どういう話の流れなのか分からない。酔っ払いの思考回路なんて知ったこっちゃないのだし、分からなくて当然かもしれないけれど。でも、ジャーファル様の中では仕事を与える、という選択肢がないわけではないのか。流石に微塵も思っていないことが口から出たりはしないだろう。でもやっぱり、今言うべきでないことを言ってしまうのはまずいはずだ。ええと、と頬を掻いてからもう一度、水飲みましょうよ、と言ってみる。嫌です、と返された。だめだ、これ絶対酔っ払いのやつだ。
「ジャーファル様、酔ってますよね?」
「お酒飲みましたからね」
「そうじゃなくて、酔っ払ってますよね? って聞いたんですが…」
「ヨナ、」
呼ばれる度に、胸がどきり、とする。
 ジャーファル様は小机に上半身を預けるようにして乗り出してきていた。これ以上聞いたらまずそうなことを言われると困る。俺が困る。流石に自分で酒を持ってきて自分で勝手に酔ったのだから、俺に文句を言われることはないだろうが…うん、やっぱり困る。絶対に困りそう。さっさと水を飲ませて落ち着かせたい。主に俺のために。なのに、ジャーファル様は俺を立ち上がらせてくれるどころか、勝手に俺の手を取った。
「あなたには、どう見えていますか?」
「…え、っと…」
そのまますり、と頬を寄せられる。
「ふふ、」
その、あまりにもこどもっぽい仕草に俺は一瞬思考が飛んだ。普段しっかりしている人のだめそうなところって思考吹き飛ばすくらいの威力あるんだな、と思いながらなんとか戻ってくる。
「ヨナの手は、冷たいですね」
「………ジャーファル様が酔っ払ってるから、熱いんだと思いますよ」
「冷たくて、きもちいい」
「…水飲んだらもっと気持ちいいですよ」
「嫌です」
「美味しいですよ、水」
「いーやーでーすー」
本当に、俺相手にこんな酔い方したらだめじゃないか。
 どうにかこうにか宥めすかして、結局は水をこっちに持ってくるのではなく、ジャーファル様を水のところへと連れて行って。そのままベッドを占領して寝息を立て始めたその人に、やっと息を吐く。
「重かった………」
まあ重さの半分はこの人が持っている武器の所為な気がするけれど。そういえば、一度助けてもらったのに、結局俺は武器を見ることはなかったんだよな、と思い出した。思い出したからと言って、覗いて見ようとかは思わないのだけれど。
 とりあえずベッドから離れようと立ち上がると、前に進めずにつんのめった。
「………うわ」
ジャーファル様がぎゅう、と俺の服を握りしめている。そんなに握りしめなくても、と思って少しの間格闘していたが、どうにもこうにも外せそうになかった。すごい力だ。明日服がしわしわになるのは避けられないだろう。仕方なく、ベッドに背を預けて座る。それならジャーファル様の腕も変な方向に曲がったりしないし、俺の服が破けたりもしないはずだ。この服だって借り物みたいなものだから、流石にそんなことになるのは申し訳ないし、もしそうなったらジャーファル様が破ったと申告する羽目になりそうだったし、それはそれでその、よろしくないだろう。
 そんなどうでもいいことを考えながら、必死でジャーファル様の存在を頭から追い出そうとする。でないと、余計なことを考えてしまいそうだった。…否、考えなくても、この距離はおかしかった。少し前のジャーファル様なら、俺の前で寝こけるなんてことはしなかっただろう。それこそ、絶対に。なのに、この人は自分で酒を持ってきて、俺とサシ飲みなんてことをして、聞いていいのか悪いのか判断に迷うことまで口に出して。
 どう、考えても。
 監視されている不審者に対する距離では、ない。息を吐く。外側≠ゥら見ていた俺は、ジャーファル様ならば怪しい部外者である俺に心を許すことなんてない、と思っていた。それは間違っていない、と思う。間違っていたのは、俺の前提だ。俺は確かに怪しい部外者ではあるが、今現在、何処にも帰る場所はなく、読み書きも満足に出来ない、寄る辺のない存在でしかないのだ。教えられなければボルグだって張れない、吹けば飛んでしまうような、存在。
 そうやって思い返して、ぞっとした。
 俺は自分がどんな人間なのか知っている。だから、誰かに心配されたり、想われたり、そういうこととは無縁であって然るべきだと思っている。でもそもそもの話、俺はそういった過去を何も話していない。俺が此処に来る前に働いていた悪事のことなど、誰も知らないのだ。知っていれば軽蔑されただろうそれを、言うにはきっと元の世界のことを説明しなくてはいけなくて。それはきっと、よくないこと、だから。曖昧な言葉で濁して、今まで来た。大人しく過ごすために注意していた俺は、きっと模範的な一般の民でしかなかった。警戒が緩むことだってあるだろう。それに、ずっと王宮でタダ飯食らいをさせているわけにもいかないだろうし。
 でも、だからって。
 先に続こうとした思考を打ち切って、俺は軽く目を閉じる。
 朝はすぐそこに迫っていたけれど、少しくらいは眠れるはずだった。

 あんな酔っ払い方をしたとは思えないほどすっきりした顔でジャーファル様は起きて、俺の部屋をさっさと片付けて出ていった。何処の国へと行くのかは知らないが、今日の出立と聞いていたし、忙しいのだろう。俺だって昨日スケジュールを聞いて、正気か? と思った。こういうのは結構あるらしい。今のところ移動手段が海路しかないため、余裕を持って決められた日取りでも、急いで出立しないと間に合わない、ということがザラなのだとか。とんでもない世界だ。
 見送りに来てくださいね、と言われたのもあって、俺は眠い目をこすり、それでもいつものように生活する。午後には船が出ると聞いていた。見送りにはヤムライハ様も行くらしく、俺は半ば連行するように連れて行かれた。
「ヨナ」
いつものように<Wャーファル様が微笑む。
―――ああ、
俺は思う。
「いってきます」
「…いってらっしゃいませ」
 いつから、これがいつも≠ノなんてなっていたのだろう。



















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