12
迷いに迷って、俺が泣きついたのはヤムライハ様だった。何だかんだ、彼女は第一発見者として俺のことを気にかけてくれていたようだったから。ルフについても、魔法のことも、本を勧められたことも。嫌じゃあ、なかった。寧ろ、有難かった。それでも彼女にお世話になりっぱなしにならないように、と距離を取ったのは、彼女であったら怪しい俺でも大切に思ってくれるかもしれない、と思ったからだった。
―――それは、
逆に言えば、ジャーファル様ならばそれをしないでいてくれる、と思ったも同然だった。否、そうして欲しかったのだ。欲しかったのに、俺が前提を間違えていた所為で何かがおかしくなった。このままではいけない、焦燥ばかりが先走って、多分俺の言葉は真面な文章にはなっていなかったと思う。俺はこれでも、理論的に見える話し方を武器に生きてきたところ、がある。そういうもので誤魔化せないところは、啖呵と腕っぷしで黙らせて。
だから、こんなふうに誰かに泣きつくのは、本当の本当に初めてだった。
「ヨナ、とりあえず落ち着こう?」
「落ち着いて、ます」
「そうは見えないわよ。お茶淹れるから、ねっ?」
リラックス効果のあるお茶を出してもらって、やっと俺は真面な文章を喋れるまでに復活した。…と、俺は思っているが、実際どうだったかは分からない。ただとにかく俺は必死で、縺れる舌に鞭打って言葉を紡ぐ。
頼むことは、決まっていた。
―――俺を何処か遠くへやってしまって欲しい。
それしか、解決方法がない。王にこのことを話してくれてもいいけれど、行き先までは共有しないで欲しい、とも言った。王に行き先が伝われば、そのままジャーファル様に筒抜けになる可能性があると考えたからだ。あの王は多分、そういうことを平気でする。
それでは、意味がないのだ。
本当は、この世界にいるはずもない、俺。世界が大いなる流れに沿って進んでいるというのであれば、俺がそれを邪魔するのは望ましくないはずだ。だから、ジャーファル様が監視を買って出てくれたとき、正直ほっとした。俺は誰かに影響を及ぼせるほどすごい人間ではないと知っている、でも世界には、そんな人間からでも影響を繊細に受け取るような人間がいる。そういう人たちに、曇りを与えるようなことをしたくはなかったから。その点、ジャーファル様はそういうことを、しないと思っていた。何より俺は不審者でしかなかったし、怪しさを打ち払うような証明も活躍も出来ない。なら、ずっとそういう存在でいられると思った。
でも、実際はそうじゃあない。
事実、何処まで本気かは知らないけれど、ジャーファル様は俺に仕事を与えたい、と言った。殺されたくはないからと、大人しく過ごしてきたのが仇になった。ずっと此処で監視されているだろうと思っていたわけではないけれど、それは予想外だ。もっと言うなら、一年近く此処で過ごしたことがおかしかった。
「でも、ヨナ」
「お願いします」
「何も、シンドリアを出ていくことはないじゃない。王宮から出て、その居場所をジャーファルさんに伝えない、っていうのだって出来るでしょう? この国は確かに小さいけれど、何処に誰が住んでるかまでは、ジャーファルさんだって把握していないわよ」
「それは…」
そうだろう、とは思った。でも、やっぱりこの国にいてはいけないと思った。
探そうと思えばすぐに見つけられる、そういう距離では、いけないと思った。
「ごめんなさい、ヤムライハ様」
王に関しては、一応注意出来ていた、と思う。でも、ジャーファル様に対してはそうはしなかった。勿論、監視してくる相手に警戒心を抱いていたらよくない、というのもあっただろうけれど、ジャーファル様が俺に何か、影響を受けるようなことはないと、思っていた。思っていたかった。
「俺は、この国にはいられません」
それが叶わないと分かった今、俺は此処にいるべきじゃあないのだ。
「街に出たことはないけれど…俺はきっと、この国が好きです。でも、それでも…俺は、此処にいたらいけない」
ジャーファル様の近くに、いてはいけない。いるだけで思考を煩わせるような、そんな人間は流れ≠フ近くにいてはいけない。
ヤムライハ様は随分悩んでいたけれど、最終的には承諾してくれた。なんとなく、ジャーファル様との間に何かがあったことを察してくれたのかもしれない。そうしてヤムライハ様の説得もあり、俺は王の許可を取って国を出る許しを得た。怪しい身には変わりがないことは分かっていたから、ヤムライハ様とは定期的に連絡を取る、という約束には頷いた。
すべては、ジャーファル様が国外へと出ている間に進められた。
―――逃げた、
その言葉を俺は否定出来ない。だって、そのとおりなのだから。
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