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 周囲の町だとかを歩き回っても別にいいですが、歩き回るなら着替えてください、と言って渡した服は、結局使われないで返された。海兵さんの方はジャーファル様が着替えてないのに、と思って手を付けなかっただけかもしれないが。真相は分からないが、聞く理由もあるまい。彼らが歩き回ることはなかった、それだけが真実だ。俺が気にすることじゃない。そもそも、招いたわけでもあるまいに。単にシンドリアから此処まで結構な距離があるのだから、疲れていただけかもしれないし。
 朝食の用意をしていると、ジャーファル様が顔を出す。俺は会釈だけしてさっさと仕事に戻ったけれど、ジャーファル様は暫くそこにいたらしい。町を歩き回るのなら着替えてください、とは言ったけれど、建物内については言及しなかったのはミスだったな、と思う。当然のように各国の服装についての知識のある者たちは戸惑うし、もう少し知識のある者はシンドリアが奴隷制を敷いていないことを知っている。俺が普段どおりに、と指示をしたからそれでも普段どおりにしようとはしてくれているが、それにも限界がある。
「ヨナさま」
「はい」
朝番ではなかったライラが目をこすりながら寄ってきた。
「きょうのおごはんはなんですか?」
「麦のお粥です。牛の乳で煮たんですよ」
「ええーライラ、それ、きらい…」
「………実は俺も、そんなに好きじゃあないんです」
もともと米派だったからか、正直結構この食生活はきつい。でも米を取り寄せようとすると煌帝国まで手を伸ばさなければならず、此処まで持ってくるとなると賃料や何やらで割高になるのだ。仮にも商会の責任者である俺が、そんなことを出来るわけがない。地理的には世界地図の両端を合わせた形にすれはもう少し近そうに見えるのだが、あれはレームと煌帝国の間の海や、未開の土地ついての記載がない世界地図なのだ。世界地図(仮)なのである。俺はあれをシンドバッド王が過去にまとめたか何かしたからシンドリアが真ん中ら辺に描かれているのだろう、と思っていたのだけれど、単純に活性化している世界を描いたらそうなる、というのもあったのかもしれない。聞いてないから知らないが。
「そうなの?」
 ライラが首を傾げる。もう目をこすってはいなかった。思いがけないことを聞いて目が覚めたのかもしれない。
「そうなんです」
「でもヨナさま、のこしたことないよね?」
「大事な食事なので」
食事は大事だ。何をするにもまず食事、食べなければ身体は育たないしエネルギーも足りない。力も出ない。勉強するにも仕事をするにも、食事だけは絶対に抜かないように、と言いつけている。
「そっかあ…ヨナさまもがんばってるなら、ライラもがんばる!」
「頑張ってください」
「でも、いっかいだけおうえんして?」
「応援?」
「うん! がんばれ〜! って」
「えーと…」
応援って、どうやるんだろう。さっき言った頑張れでは足りないからの要望だろう。困ったな。こほん、と咳払いをする。
「ライラ、が、がんばれ〜………?」
「ヨナさま、ハテナついてるよっ」
あはは、と笑ったライラが、頑張ります、と返事をしてから、皿を受け取っていく。
 そのままライラが食卓につくのを見送っていると、ジャーファル様と目があった。
「あー…ええと、大したものは出せませんが、どうぞ。…店を探すにしても、まだ開いてないでしょうし」
「勝手に来たんですから、食事に文句をつけたりはしませんよ」
「………そうですか」
勝手に来た、という自覚があって何よりだ。他の者へと渡すのと同じように、ジャーファル様と海兵さんにも粥を盛る。この人たちも、仮にもシンドリアから来ているのだろうから、こんな粗食とは無縁だったろうに。まあ郷に入っては郷に従え、たった一日だ、こんな粗食で満足してもらおう。
 ジャーファル様と海兵さんたちが食卓についたのをまた見送ってから、厨房にいる者に声をかけた。これで大体行き渡っただろう。掲示板と食堂の顔ぶれを見比べて、まだ起きていない者がいないか確かめる。今日は寝坊はいないらしい。ジャーファル様たちがいるからかもしれないが。
「俺たちも食べましょう」
「はい」
朝番の者たちが食事に入ると入れ替わるようにして、片付け当番の者が厨房へと入っていった。
 決して美味しいとは言えない麦の粥を食べながら、ジャーファル様の方をそっと見遣る。制服であることを除けば食卓で他の者たちと打ち解けて話しているようだったし、特に問題はなさそうだ。というか、打ち解けるの早くないか? そういう才能なんだろうか。俺は正直、結構こどもの扱いが分からず苦労したので、秘訣があるなら是非とも聞きたかった。が、俺がジャーファル様に聞くのはだめだろう、と思って首を振る。
「先生?」
朝番だったニジアが首を傾げる。
「さっきライラに言ってたけど、そんなに嫌いなんですか? これ」
「いえ、考えてたのは別のことです。…まあ、結構嫌いですけど」
「なのに献立に組み込むんですか?」
「効率が良いので…消化もいいですし…」
「先生って、そういうところ変ですよね」
「どうとでも言ってください」
他の奴隷商人は羽振り良さそうにするのに、と言われたこともある。実際、現時点ならそこまで商売下手でもなければ、奴隷商人はそこそこ儲かっている職業だとは思う。うちは売るのではなく貸出、という点もあるけれど、やっぱり何でも一番上が率先してやってみるのが効率的だろう。今でこそここまで生活として定着しているが、最初は食事だって掲示板だって真面に機能しなかったのだ。体調不良も隠されるし。よそはよそ、うちはうち、として境界線を引かせるのにとんでもなく苦労した。そういうのもあって、立て直しに三年もかかったんだよなあ、と思う。恐らく、単に経営の立て直しだけなら三ヶ月でどうにか出来た自信がある。
 でも、どうせこの制度に未来はないのだ。
 俺はそれを知っていながら、いっとき甘い蜜を啜るだけの生活をしたくはなかった。荒稼ぎして、売上金だけ持って商会を畳むことも出来たのだろうと思う。けれども、物語にはなれなかった者たちに、商売というのがそんなにつまらないものだと思って欲しくなかった。
「うう…」
我ながら似合わない思考だとは思う。
「そんなに嫌いなんですか?」
「考えてたのはそれじゃないですけど、本当に嫌いは嫌いなんです…」
それでもよく噛んで食べる俺に、ニジアを始めとした朝番たちが分からないな、とばかりに笑った。

 食事を終え、各々のスケジュールを確認して。仕事の来ている者は窓口を通して現場へと向かう。残った者は掃除やら何やらだ。働かざる者食うべからず、とまではいかないが、日常の細かなことでも貢献として俺は数えているので、こどもたちは競うようにして仕事をする。その上で、自分が何が得意なのかを探していく。そこまで悪くない遣り方なんじゃなかろうか、とは思うが、これは所詮自画自賛なので本当のところどうなのかは分からない。それなりに稼げている、というのが一つの答えだ、とは思っていたが。
「いい子たちですね」
「そうでしょう」
ほうきを持った俺に、ジャーファル様が近付いてくる。海兵さんたちはこどもたちから質問攻めにされているようだった。やっぱり国のことはその国のひとに聞くに限るだろう。情報の鮮度が違う。
 そんな海兵さんたちを眺めながら、ジャーファル様が困ったように息を吐く。
「随分警戒されてしまいました」
「そりゃあ、そんな服着てるからでしょうね…」
「服?」
首を傾げられる。海兵さんたちが群がられている現状、そうしたくなるのは分かるが。いい大人がする仕草だろうか、それ。困ったことにジャーファル様だと何故かそういう仕草もさまになるから、アレなのだけれど。
「この辺では見ない服だからですか?」
「シンドリアの文官服だからです」
更には海兵のおまけもついている。一応此処にいるのはこどもばかりで更には狭い、ということで武器らしい武器は持ち歩かないでもらっているが、年長の者は年少の者ほど素直に受け入れられないらしい。無理もないか、と思う。今までも、奴隷制を敷いていない国からの来訪者、というのはなかったわけではないのだし。昨日は人払いもしてしまったし、警戒させるには充分な状況だった。
「…教えているんですか?」
「シンドリアのものだけではなく、出来るだけ、各国のものを」
「制服を?」
「好まれる服装だとか、歴史や理由があるのなら、それも出来るだけ」
「何のために?」
「………」
何のため、と言ったら、それは彼らが将来他の国へと行きたくなったときに、困らないように、だったのだけれど。ジャーファル様の前でそれを言うのは違うような気がした。曖昧に笑って誤魔化すと、ジャーファル様は話題を変えることにしたようだった。
「鎖を、つけていないんですね」
「重いしうるさいじゃないですか。不衛生ですし」
本を掻き集めてなんとか知識は詰め込んだが、俺は医者ではないし、この世界にどんな病原菌がいるのかも分からない。というか魔法がある世界だ、病気の原因の解明ってそこまでしっかりされないのではないだろうか。いや、ある程度魔法で回復するにも、人体の構造だとかそういうものを理解していないといけなさそうだったが、それはさておき。俺にはちょっと関係のない分野なので置いておく。
 そんな状況で、汚れが付着しやすく傷にもなりやすい手枷や足枷は使いたくなかった。こどもの免疫力なんてたかが知れているし、食料だって潤沢なわけではない。金があるからと言って、何処かで不作が起これば価値は高騰するだろうし、略奪だって起きるだろう。食事は出来るだけ質素に、けれども栄養が偏らないように。結構苦労したなあ、と思い出す。結局、土地が余ってるから自給自足を目指して切り替えよう、という方針に決まったが。…その結果が、麦を中心とした食事である。これだけはどうにもならなかったし、俺も我慢しているので勘弁して欲しい。
「しかし、主人が分からないと困るのでは?」
「首輪くらいは与えてますよ。見えるでしょう?」
こどもたちの胸辺りを指差す。俺だって、流石に何もないのは困る、と思った。鎖に代わるものがないと、所有権を明示できないし、貸出中にこれはうちの奴隷です、だから返しません、とか言われたらたまったものじゃあない。そういう、想定出来る限りの最悪の事態への対策は初期に打った。首輪に魔法をかけて、勝手に外したりするとその場で花火が上がるような仕組みになっている。不安定さのことは解決しないままだけれども、命令式を少なくすれば俺でも強固なものに出来た。
「………首輪、というより首飾りに見えますが」
「その辺りは感性に依ると思います」
俺にも首飾りに見えたが、別にそれを言う意味もない。
 この、五年。
 俺にはいろいろなことがあった。それは、きっとジャーファル様も同じだろうけれど。あの頃王宮の中でだけ暮らしていた、この世界のことをまったく分かっていない俺は、もう、いない。ジャーファル様が仕事を与えたい、というようなことを言ってくれて、本当に嬉しかった。でも、俺はその申し出ごと蹴ったのだ。蹴って、諸々の事情があったにせよ、奴隷商人なんてことをしている。ジャーファル様が俺のことをどんなふうに思っていたかは知れないが、俺はジャーファル様が快く思わないこの職業を平気な顔で勤め上げるような人間なのだ。
「………もう、シンドリアには来ない、んですか」
戻る、とジャーファル様は言わなかった。俺が結局、あの国の人間ではないことをジャーファル様が一番よく分かっていたのだろう、と思う。なら逃げた、という物言いはおかしくないか、とも思った。だって、逃げるという言葉は、其処にいるべき理由があってこそ発生するものだと思っているから。
 でも、俺も逃げた、と思ったのだから仕方ない。
 それについて、俺が何を言える資格もないのだ。
「…当分は、無理でしょうね」
忙しいですから、と言ってみればそれ以上は何も言われなかった。




















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