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しかし、仮にも国の守護者がこうも代わる代わる国から出ていいものだろうか、と思う。俺は行きたい、と言われたらスケジュールを合わせるくらいしか出来ないのだけれど。
「ヨナ」
「わっ!?」
町の大通りに出てヤムライハ様を待っていたら、後ろから声をかけられた。
「私よ、私」
「えっ? あっ、ようこそ」
「ふふん、ちゃんと目立たない格好出来てるでしょう?」
「ええ…」
声をかけられても一瞬戸惑うほど、ヤムライハ様の擬態は完全だった。何処からどう見ても旅の商人にしか見えない。
「そうですよ…お忍びっていうのは本来こういうものなんですよ…」
「はいはい、泣かないの。ヨナの秘密基地、案内して?」
「秘密基地じゃあないですよ」
当然のように手を取られて、早くはやく! と急かされる。その様子があまりにも可愛らしくて、笑ってしまった。
「何笑ってるのよ」
「いえ」
すみません、と断ってからその手を握り返す。
「変わってないな、と思いまして」
「ちょっと!? 久しぶりに会ったときは、きれいになったとか言うものじゃあないの!?」
「前からとてもきれいでしたから」
「騙されないんだからっ」
そんな遣り取りをしながら、屋敷への道を駆け上がっていく。
ヤムライハ様と触れ合っても、心臓は変に跳ねたりしなかった。それがどうしてなのか、俺はまだ分からないままでいたかった。
坂を登り切って現れる、簡素な平屋が今、俺が拠点にしている建物だ。
「そんなに豪邸じゃあないのね」
「ええ。強度だけちゃんとあればいいかな、と思って。あとは動線」
「こどもばっかりって言ってたものね」
「それもありますが、俺があっちこっち行ったりしなくてはいけないので…」
あちこちの角を曲がって、というのは防犯の観点からは良かったかもしれないけれど、日常俺にたまるであろうストレスを考えたら採用出来なかった。がら空きも同然になった防犯については、人を雇うことで解決している。
そんなことを思い出しながら、あれ、と思った。
「そういえば、杖はどうされたんですか…?」
「心配しなくても、ちゃんと持ってるわよ。魔法で見えなくしてるだけ」
まさか持って来ていないとは思っていなかったが、やっぱり見えないと落ち着かない。あれはヤムライハ様のトレードマークみたいなところもあったし、余計に。
「ヨナこそ、ちゃんと持ってるの?」
「袖に仕込んでます」
「あ、ほんとだ。ちゃんと私があげたの、大事にしてるのね。えらいえらい」
頭を撫でられると落ち着かない。年下の女の子が背伸びしてやっている、というのもあったが、単純に俺の人生でそんなふうにされた記憶がないのだ。
しかし、照れている場合じゃあない。
杖もそうだが、もう一つ見当たらないものがある。
「………お一人ですか?」
「だめ?」
「だめというわけじゃあ…」
「私、これでもすっごく強いのよ?」
「存じております…」
それは護衛だったのだが―――どうやら、いないらしい。なんてことだ、と思う。いや、勿論ヤムライハ様の言うとおり、彼女がとてもとても強いのは知っているのだけれど。俺がシンドリアにいた頃にアバレウツボの襲来は実はもう一回あって、その時にそれを倒したのがヤムライハ様だったのだ。あれは今思い出しても痺れる。
「でも、仮にも奴隷商人のアジトに来るのに…」
「仮にも、だからでしょ。私には学校の方が近く見えるもの」
そう言われてしまうと、何も反論出来ない。俺はそういう拠点づくりをしてきたのだ、他の人からもそう見える、というのは成功の天秤に一つ、載せていいところだろうし。あと、ヤムライハ様のことは素直に尊敬しているので、やっぱり照れる。
中に入ると、少しざわめいたのが分かった。
ちなみに今回は事前連絡もあったので、今日客が来ることはちゃんと伝えてある。だからざわめいたのはその客が年若い女性だったことにだろう。俺は商会で手一杯なのもあって、商談相手が望む時くらいしか女性を侍らせたりしていなかったし、まあ、もっと簡素に言うと女っ気がゼロだったのだ。そこへ突然現れた謎の美人、しかも手を繋いでの登場。ざわめかれるのも仕方ない気がする。あとでこの人とはそういうんじゃない、と釈明しなければいけなくなった。俺とこんな僻地であろうと噂になるなんて、ヤムライハ様に申し訳ない。ついでにシャルルカン様にも申し訳ない。流石に彼は今日、ヤムライハ様が俺のところに来ているなんて知らないだろうけれど。俺の記憶と知識が正しければ、シャルルカン様は王に随伴して煌帝国に行っているはずだし。…うーん、なんか悪いことしてる気になってきたぞ。
「ヨナさま! そのひとがたいせつなおきゃくさま?」
そんな俺の思考を遮るかのように、ライラが駆けてきた。ナイスタイミングだ。ありがとう、ライラ。
「そうですよ、ライラ。ご挨拶は?」
「こんにちは! おきゃくさま。ライラです!」
「ライラちゃんって言うの」
「はい! えっと、ここでは、そーしょく…ひん、を、つくるおしごとをしてます! もうすこしおおきくなったら、しょうかいのおしごとに、くわわるよていです!」
「装飾品?」
ヤムライハ様がライラを抱き上げながら首を傾げる。うん、本来首を傾げるって仕草はこういうものであるべきだ。ジャーファル様みたいな人がやるのではなく。
「ゾーダン石という石の加工をしてるんです。たくさん採れるので石自体は安いし、白くて面白みもないからそんなに注目もされてないんですけど、加工すれば結構輝くので。採取自体も簡単で危険はないから、こどもだけでも行かせられますし」
当初は粉塵対策が出来そうにないから諦めようかと思っていたのだけれど、マスクやゴーグルに相当するものを入手出来たため、自分である程度実験してみてから導入したのだ。
「ゾーダン石…初めて聞く名前ね」
「俺も結構同じものがないか探してみたんですけど…流通してないのか、見つからなくて。とりあえず流通に乗せるのに名前が必要だろう、ということで俺がつけました。採取出来る岸壁がゾーダン、と呼ばれているそうなので、そのまま、ゾーダン石、と」
「へえ…。ヨナも結構頑張ってるのね」
「そりゃあ…一応、商会の責任者ですから」
「えらいえらい」
また撫でられた。ライラも真似するように俺の頭を撫でてくる。いやこれ、本当に恥ずかしいな。嫌じゃあないんだけど、照れる。どういう顔をしていいのか分からない。
仕方ないので、そのまま話を続けることにした。
「掘っても大丈夫か調査出来ればもう少し、やれることが増えるかもしれないな、とは思うんですが」
「やれることって?」
「今は基本的に岩盤から削れたものを拾うだけなので、小さいものしか採れないんですよ。でも、結構加工がしやすいので、大きな石が採取出来ればそれこそ彫刻とか、イケると思うんですが…」
「岩盤の調査、ねえ…」
「流石にそんな大掛かりなことをする伝手はなくて。まあ、空想です」
やるとなれば地学に精通した学者と、大掛かりな透視魔法の使える魔導士が必要になる。幾ら業界で名が売れているとは言え、片田舎の一商会に出来ることではない。
うーん、と考え始めたヤムライハ様が、やってあげよっか、などと言い出す前に話題を変える。
多分、それが正しい選択だった。
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