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立て続けに客が来たものの、その後は特に何事もなく過ごしていた。何事もなければあと二年くらいで奴隷制はなくなるはずだし、このまま貸付業は管理に疲れたとかその辺の理由を適当につけて事業縮小、他の流通・生産に力を分散させ、また新生・マイエ商会としてやっていくだけだ。
と、思っていたのだけれど。
どうにも人生というのはそううまく行くように出来ていないらしい。
「シャヴィ!」
いやそもそも俺の人生がうまく行くように出来ていたらジャーファル様は来襲しなかったし、奴隷商人なんてものにも多分ならなかったし、シンドリアをあんなふうに飛び出すこともなかった。此処でこの世界に来ることもなかった、と言えないのが俺のだめなところかもしれない。
商談を任せていたこどもたちから一報が入って、俺は夜中にも関わらず起きて待っていた。どよどよ、と行き場のなさそうなこどもたちの群れが屋敷に誘導されてくる。
「先生。拾ってきました」
「拾ってきたって数じゃあないんですが!?」
どう控えめに見積もってもこれじゃあ奴隷狩りの帰りにしか見えない。そんな仕事は任せていないはずだが。一報を受け取ってから数名待機させていたこどもたちに、とりあえず全員屋敷に入れるように、と誘導を任せ、俺は今回のリーダーのもとへと行った。まずは状況を正しく把握しなければならない。
「一体、何が…」
「先生、シャヴィは悪くない。喧嘩買わないようにしてたのに、向こうがふっかけてきただけ」
「………バーグ」
リーダーであるシャヴィの補佐を任せているバーグがそう言うのであれば、この結果は二人の同意によって齎されたもの、ということになる。
「説明を」
誘導を他の者に引き継いだのか、二人が揃ったのを引き連れてとりあえず応接室に入る。このままだと食堂は彼らの引き連れてきた一団で埋まるだろう。そう遠くの部屋に行くわけにもいかない。
「何があったんですか?」
「僕が説明する」
「ではバーグ、お願いします」
バーグの説明を簡単にまとめると、こうだった。本来の仕事である商談の帰り、ある商会と一緒になった。彼らは奴隷も扱う商会で、どうやら奴隷狩りの帰りだったらしい。他の商会の仕事には、自分たちに害が及ぶとかでない限り口を出さない、と俺は教えているため、二人は正直奴隷狩りのことは気に食わなかったが、そのまま黙ってやり過ごそうとした。が、向こうが黙ってはいなかった。二人やついてきている他の補佐が奴隷であることを察した相手は、事もあろうが良い拾い物をした、と捕らえようとしてきたらしい。シャヴィが自分たちはマイエ商会の所属であって、お前の行為は商品の強奪に当たる、盗賊行為である、と指摘したのだが、暖簾に腕押し糠に釘だったそうだ。話し合いは決裂、囲まれそうになったため他のこどもを先に屋敷へと走らせて、あとは二人で処理した、と。
そして、処理したあとに残ってしまったのが、この奴隷狩りにあった一団、ということだった。
ため息を吐く。不可抗力なのは認める。でも、やっていられないと思うだけはさせて欲しかった。
「先生」
「少し待ってくださいね、考えをまとめます」
シャヴィとバーグは、もともとは他の商会に属する剣闘奴隷だった。それがどうして今うちにいるのか、というのはいろいろあった、としか言えないのだけれど…そういう過去もあって、彼らは人を殺すことにそこまで抵抗がない。殺人術だろうと、技術は技術であるので俺はそれについては好きにしたらいい、ということで口は出していないが、うちの所属となったからには出た死体はきっちり処理しなくてはならないので、場所と場合は弁えるように教えてきた。きた、し、彼らもそれは理解してくれていた、はずだ。実際、これまでは峰打ちで済ませていたのだし。だから、本当に相手と場所が悪かった、と思うしかない。もう一度ため息を吐いて、それから二人に向き直る。
「まずは、貴方たちにも、他のこどもたちにも、怪我がなくて何よりです」
「あんなのに遅れを取るはずがない」
「そういう問題ではありません」
バーグの言い分はぴしゃりと跳ね除けた。別に、こどもが戦わなくてもいい、ということを思っているのではない。単に、戦い方を知っていようが、こどもというのは大人より小さく、そして脆く出来ている、と俺は知っているだけだ。小さい方がスピードが出るとか、そういう利点があることも分かってはいるが、そもそもの方針として出来るだけ他の商会とは諍いを起こしたくない。
「ご心配を、おかけしました」
「はい」
「心配…?」
「しました」
「そう、なんだ…?」
シャヴィが頭を下げる横で、バーグはよく分からない、という顔をしていた。よく分からないならよく分からないでもいいから、せめて自分たちが商品であって、傷付くと商品価値が下がるかもしれない、ということは頭の隅に入れておいて欲しい。
さて、と言葉を続ける。
「分かっていますよね? 此処は託児所でもなければ、めちゃくちゃ儲かっているわけでもない。そもそも奴隷という制度も通貨制度と同じで、大国が保証しているからこそ成り立っている、先行き不透明な制度なのだと、説明しましたよね?」
「分かっています」
本当だろうか。そのまま問うてしまいたかったけれど、ぐっとこらえる。俺はこの商会の責任者で、どうにかしなくてはいけない一団がすぐそこにいるのだ。面倒な押し問答は後回しにすべきだった。…いや、まあ、実際何年も続いている制度ではあるし、こどもたちにとっては生まれたときから当然のようにある制度だ。なくなる、ということ自体想像の外でもおかしくはない。なくなるかもしれない、という想定で商会の仕事を回している俺の方が恐らく異物なのだ。それは、分かっている。
「その、」
俺が黙っていたからか、シャヴィが見上げてきた。
「先生に全部、任せることになって、本当に申し訳なく思っています。だから、せめて…」
一瞬シャヴィは言い淀んで、それでも言わなければ、と思ったのか続ける。
「おれの、…稼ぎで、少しは足しに、なりませんか」
俺が眉を寄せたのが分かったのだろう、慌ててバーグがシャヴィを呼ぶ。止めるように。でも、シャヴィは自身の発言を撤回しないつもりらしかった。
「先生が、あまり死体の出るやり方を好まないのは分かっています」
「…一応訂正しますが、人間が一人死ぬと一つ死体が出来るから、面倒なだけです」
「正直それとこれの違いを、おれは分かってませんが、先生の意に沿わない仕事の進め方、というのは分かっています」
まあ、そこが分かってくれていれば上出来だろう。これから平和に向かって進む世界では、人をさくさく殺すのは無理になってくるだろうし。人を殺せば面倒事が起きる、と頭の隅にでも置いておいてくれればこの先役に立つと思う。
「あの一団の世話にかかる費用の一部は、シャヴィ、貴方に負担してもらいます」
「はい」
「あのっあの、僕も出す!」
「別に、お前はいい」
「でも、だって、僕だって賛成したんだ! だから、シャヴィにだけ、出させるっていうのは、違う…と、思う」
「………割合はシャヴィより低くしますが、バーグにも負担してもらうことにしましょう」
「でも、」
「この話はこれで終わりです」
まあそこまでえげつなく搾り取る気もないので、このくらいが落とし所だろう。皿を割った分給料から天引きする感覚だ。
「先生」
食堂を任されていたカイが顔を出す。
「全員屋敷に入った。町には迷惑かかってないよ」
「ありがとうございます。何よりです」
「これからどうする? もう遅いけど…」
ある程度は世話係として起きててもらうことになるだろうが、連れてこられた彼らだって歩き通しで疲れているだろう。人間は基本的に夜眠るものだし。
「とりあえず、今日は休ませて明日から仕分けをしましょう」
「奴隷にするの?」
「ええと…商品化前かどうかでそれも変わりますから、一緒に持ってきた荷物を漁ります。記録もあるでしょうから」
二人も休んでください、と言うと、はい、と揃って返事をされる。こういうところは何ていうか、しおらしくてこどもっぽいのになあ、と思った。ままならないものである。
カイと一緒に、食堂へと戻る。思ったとおり、うとうとしている者が多い。毛布は足りているようだ。
「体調の悪い者は医務室へ。汚れがひどい者には清潔な布を支給して、使い方を教えてください」
分かりました、と声が返ってくる。
とりあえず、俺は今晩、眠れないようだった。
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