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 昨日の一団は、まだ親に連絡を入れていなかったらしい。ならば、彼らはまだ奴隷ではない、ということだ。奴隷制度は、頻発する奴隷狩りのこともあって結構ガタガタに見えるが、実は制度自体はそこまで穴があるわけではない。商品として登録されてしまえば、それを抹消するには莫大な金が必要になるし、抹消をせずに逃げ出したとしても、彼らを待つのは影でひっそりと暮らすような未来だけだ。そういうのは、なんていうか、よくないと思う。とは言っても今の制度上、身分の解放というのがあまり馴染みのない概念になっているからアレなのだけれど。俺だって三年苦労したのだ、だから此処ではそういう空気が当たり前になっているが、当然、他の商会はそうではない。まあどうせ全員苦労するんだろうけどな! と思いながらも俺の遣り方を広めたりしないのは、俺にそんな力がないからというのもある。あと、やっぱり見ず知らずの何処かにいる可哀想な人間、をどうにか助けてやろう、という慈愛の精神は俺には宿っていないのだ。それに、どう考えても俺の遣り方の方が効率的に稼げるのに真似してくれるやつがいないのは、それなりにコストがかかるのが目に見えているからだろう。奴隷商人だろうと商人であればある程度の読み書き教養なんかは備わっているものだが、それを他人に与えてやるのが面倒なのだ。実際俺だって面倒だし。その分稼いではいるが、やっぱり人間、楽して稼げるならそっちの方が良い、と思う生き物で。
 話が逸れた。
 俺は一緒に書類整理をしてくれていたアルフとカイに言う。
「不慮の事故ということで片付けましょう」
「大丈夫なんですか? 先生」
「この相手ならどうにかなります」
カゾット奴隷商会。遣り口は汚いし雑だし貧乏だし、うちとは比べ物にもならない三下組織だ。組織を潰したり乗っ取ったりするのは面倒でも、数いる一行の最期程度、握り潰せる。それに、カゾット商会だってこちらとことを構えたくはないだろう。俺だってそれなりに商人としての付き合いは広げてきたし、そこまで大所帯ではないから大きな商会として名は知られていないけれど、その分根回しなんかは怠らなかった。もし俺たちの言い分に不審な点を見つけられても、あっちが先に喧嘩を売ったのだろう、と思われればそれでいい。実際にそうなのだし。こちらは理由もなく何処ぞの商会の遣り方に横槍を入れるようなことはしないと、そういう評価になるように充分気をつけていた。シャヴィとバーグを使わないのも、そういうもののためだ。
 商売というのは、結局は信頼度で決まる。
 商品の信頼度でやっていくのが本当は正しいのだろうけれど、実のところ商品自体への信頼度なんかどうだって良いのだ。長く続けたい場合にだけ気にすれば良い。商人が、顧客に信頼されれば、自ずと商品への信頼なんてついてくる。どれだけ胡乱なものでも、商人さえ信頼されていれば、売り捌けてしまう。
「シャヴィとバーグを呼んでください。…ああ、あと、マフも」
はい、と言ってアルフとカイが出ていった。片方がシャヴィとバーグを、もう片方がマフを呼びに行ったのだろう。ちゃんと時間の効率的な使い方が浸透しているようで何よりだ。

 必要な面々を集め、俺は結論を伝える。
「昨日のことですが、貴方たちには口裏を合わせてもらいます」
「はい」
「カゾット奴隷商会の商人は、その商品調達の帰り道に大きな落石事故に合いました。ちょうど近くで商談のあった貴方たちは、落石事故のことを知り、手助けが出来ないかと様子を見に行った。しかし、残念なことに落石は大きく、全員があえなく命を落としたようだった」
シャヴィとバーグ以外の、昨日の同行した面々にはあとでカイに伝えるように指示をした。だからだろう、カイはいつもよりも真剣に話を聞いている。こういう後始末に関わらせるのが初めてだからかもしれない。アルフはもう何度か関わっているため、結構涼しい顔をしていた。ちなみにアルフには、一団への聞き取り調査を任せている。シャヴィとバーグは見られてはいない、と言っていたが、念には念を入れておくべきだ。
「貴方たちは彼らに墓を作り、せめて遺品だけでも、と思い荷物を持ち帰った。そして、責任者である私に相談をした。現場にあったのは落石の痕跡と死体と荷物だけで、他には何もなかった」
「うん」
「商人でも、商品の調達に失敗することはよくある話です。そこに事故が重なるとはたいへん不幸なことですがね」
ややあって、シャヴィが口を開く。
「荷物は、どうしますか」
「返してあげましょう。彼らを偲ぶのに、遺品が欲しい人もいるはずです」
品行の悪い奴隷商人だったとしても、家族や友人がいるかもしれないし。…というのは勿論建前で、こちらは事故≠ノ関わっていないのだから、当然荷物を強奪するようなこともしないのだ。それに、うちは何処かの商会と違って品行方正を売りにしているのだし。
「当然、彼らは商品の調達に失敗しているので、過不足なくしてから返しましょうね」
「はい、先生」
全員がしっかり頷いたのを見て、では解散、と言う。
 部屋を出ていく彼らを見送ってから、少し仮眠が取れるかな、と椅子に座った。

 落石事故のことは、その道を使う商人伝にまたたく間に広まった。マフがしっかりやってくれたのだろう。シャヴィとバーグはカゾット商会に過不足ない荷物を届けて、うまくやったらしい。お礼を、と縋られるのを人として当然のおこないですから、と断ったのには花丸を上げたかった。貢献につけておこう。
 そんなことを思っていると、視界にひょこり、とマフが現れた。事故の後処理のその足で別の仕事に行っていたのだが、今帰ってきたらしい。俺だって流石に日程をズラそう、と言ったのだが、後処理はなかったことの方がいいはず、とド正論をかまされて引き下がったのだった。
「先生、ただいま戻りました」
「マフ」
おかえりなさい、と言うと、マフは笑ってくれる。
「疲れてませんか?」
「たくさん食事、出たので」
「そうでしたか」
「サラキクリって知ってますか? 美味しかったです」
「知ってますよ。マフは好きですか?」
「はい。…先生は苦手ですか?」
「………内緒にしてくださいね」
多分分類としてはパスタなのだろうが、なんとなく見た目が米っぽいのもあって切なくなるのだ。この、なんとも言えないなんか違う感。そもそも米じゃあないのだから違うも何もないのだが。
 先生結構好き嫌いありますよね、と言われるとそうとしか言えない。全体的に、こう、レームは粗食なのだと思う。もっと油をいっぱい使った料理とか、砂糖をいっぱい使った料理とか、あとは生の魚とかが食べたい。流石に生の魚を食べようとすると海沿いの町に行かないと無理だった。こうなってくるとアバレウツボの刺し身が恋しい。自分で飛び出しておいて何だが。
「マフ」
「はい」
しゃがんで、顔の高さを合わせる。
「嫌な仕事をさせましたね」
「え?」
一瞬、マフは何のことを言われたのか分からない、という顔をして、それからこの間の後処理のことだと気付いたらしい。気にしていないようで、安心するべきなのかどうなのか、よく分からなかった。
「いえ、もう、死んでたし。気にならないです。シャヴィとバーグも、その、悪いこと…とは、言い切れないと、思うし」
 マフは結構な怪力の持ち主で、だから今回の後処理―――大きな岩を移動させて、例の一行の上に落とす―――を任せた。俺が直接出向いて魔法を使うのでもどうにか出来ただろうけれど、すぐに動くことを考えるとマフに頼む方が良かった。でも、俺はマフがそういう、暴力だとかを嫌っていることを知っているのだ。人を殺すことも、同様に。過去のことは詳しく聞いたことはなかったけれど、どうも人を殺させられたことがある、みたいなことは言っていたのだし。
「言い訳、みたいですけど」
俺が黙っていたからか、わたわたとマフが言葉を探す。
「自分で…怒って、相手をぐちゃぐちゃにするのは、嫌です。先生は、誰かに言われてそういうことをするのを、嫌だと思っていい、って言うけど…それはまだ、よく分からなくて、でも、この間のは、嫌じゃなくて。それは多分、自分が怒ってないからで、どうして必要なのか、理由がある、からで」
「はい。マフが行ってくれて、とても助かりました」
「なら、いいです」
それに、と続けられた。
「先生は、あの子たちを奴隷にしようとは思ってないんでしょう」
「まあ、はい。普通にうちで抱えられる人数越えてますしね」
「それだけで、自分は、力を貸したいって思えます」
「それ、は…」
 言い淀んだ俺に、大丈夫です、とマフは言う。
「先生が、いい人だからあの子たちを奴隷にしないわけじゃない、っていうのは分かってます」
「………それなら、いいんですが」
「だから、ええと…先生が、その、いいこと、みたいなことしたら、自分がやる気出るって、思ってくれたら…いいなあ、って思います。だめですか?」
「だめじゃないですよ」
割りと未だ心配は残るけれど、そうやって自分の価値で釣り上げる方向に持っていけているのなら、今は大丈夫かもしれない。そんなことを思いながら、もう一度、本当にお疲れ様でした、と繰り返した。



















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