19




 さて、そういうことで商会は暫く忙しかった。ゾーダン石を売る方に力を入れたかったのに、踏んだり蹴ったりだ。ここのところ結構平穏だったのに、ジャーファル様が来てからなんだかずっと荒れている。疫病神の称号を進呈しても許されるだろうか。…いや、本気でそんなことを思っているわけではないけれど。
 一団の処理をするにも、ああいうことにしてしまったので大っぴらには動けないし、結局俺があちこちへと足を運ぶ羽目になった。当然、きっかけを作ったシャヴィやバーグにも働いてはもらったが、どう足掻いてもこの商会の責任者は俺なので。折を見て畳むか誰かに譲り渡してしまおうと思っていたくらいなので、もともと人手は少ないのだ。少数精鋭と言えば聞こえが良いが。そもそも大人の人員がそこまで多くはない。レームでの窓口担当に数名、屋敷での手伝いに数名。こどもたちに自分でやることを覚えてもらうためにも、その辺は最小限にしていた。こどもの数だって、それで困らない数に留めていたのだ。だから、今回は俺の計算能力がどうとかではない。ブラックもクソもないよろしくない集団に属していたとは言え、その辺はしっかりやっていた。本当だ。これだけは言い訳をさせて欲しい。
 突然振って湧いた事故、なのだ、これは。
 だから、俺は悪くない。
 そう思いながら今日も今日とて書類に向き合っていた。猫の手でも借りたい。借りたいけれど猫の手だって選ばなくてはいけないのがこういう職業だった。どんな商会にも当然敵はいる、競合の少ない、というかほぼいない、うちみたいな商会でもそれはそうだ。うちがなくなれば、当然うちを利用していた客は他に流れる。奴隷の市場(しじょう)というのは謂わば労働力の取り合いだ、それだけを考えれば正直うちほど邪魔な商会はないだろう。
「これで半分終わりました」
「お疲れ、先生。おやつ食べるか?」
「食べます…」
「厨房からもらってくるよ」
「お願いします…」
アルフが出ていくのを見送って、ため息を吐く。アルフにも随分手伝わせてしまっている。いや、アルフはもう随分前に貢献が溜まっているので、今は俺が別個に給料を出しているから、そこまで気にするところではないのかもしれないが。夜だって、ちゃんと俺が言う前に時間を気にして眠るのだし。自己管理もなっている。問題はアルフがまだ受け取るときじゃあないから、と給料を受け取ってはくれないこと、だろうか。受け取るつもりはあるようなので、俺がお年玉よろしく管理しているままだ。そういうのが良いなら、と身分を解放してから此処に就職すれば良い、と言ったのだけれど、それだとちょっと違う、と断られたままここまで来ている。アルフが何をしたいのかよく分からない。
「臨時で人を雇うわけにもいかないしなあ…」
 そんなことをしたら、何かありました、と言っているのと同義になる。だから、今ある手だけでどうにかしなければならなかった。ゾーダン石のために人手を増やすのもアリであると思ったけれど、ちょっと早すぎる。ゾーダン石がもっと大きなものだったら、人手が必要と言い張れたかもしれないが、残念ながらこどもでも運べる軽さがゾーダン石の利点だった。今の人手で足りない理由にはならない。護衛に雇っているのは当然大人だったけれど、彼らとは商会の遣り方に口を出さない・見たことを外で話さないという契約でやっているから、手伝ってもらうことは出来ない。絶対にだめ、というわけではないが、災害時など緊急事態に限る、という取り決めにしているし、そうやって考えるとこれは緊急でも何でもない。いや、これにだってちゃんと理由があるのだ。現時点でうちの商会の護衛、というのは唯一外部から大人が何から何まで俺を通さなくても就ける役職だ。そこに悪意を持った者が紛れ込んでは困る、と思った。
「持ってきたよ、先生」
「先生〜手伝いに来たぜ」
「カイ」
「手、空いてるって言ってたから連れてきた」
「ありがとうございます…助かります」
「チビたちの相手はサーナたちがやってたよ。どうなりそう?」
「その子たちは…流石に戻すのは無理かもしれませんね…。はー…記録も真面につけないからこっちが割食ってるのに…張本人たちは呑気に土の下とか腹立ちますね…」
相手はこどもだ、自分が何処から来た誰で親の名前はこう、と言えるのならまだ、良い。村の名前しか分からなくても、こちらは仮にも奴隷商人だ。そのネットワークで場所を聞くことが出来る。場所を知りたい理由なんてそれこそ山のように作れるのだから、そっちは心配なかった。でも、自分の名前すら言えない者についてはお手上げだ。此処に残らせるか、こどもを欲しているところにやってしまうかするしかない、と思っている。子を奪われた親には申し訳ないが、そこまで面倒を見きれない。
「はいはい、愚痴は俺とアルフが聞いてやるから」
とりあえずおやつにしようぜ、と言うカイの言葉に従って休憩を取ることにする。
 攫われてきた者からは状況をよく聞き、再発防止策を練らないとそのまま帰すことも出来なかったし、売られてきた者は売られてきた者で、どういう状況であったのか聞き出さなければならなかった。二度売りされてはたまらない。そういうことをしていたら、半分帰すのにだって数ヶ月かかってしまった。タダ飯を食わせる余裕もないので、ちまちました手伝いはしてもらったから、まあそこまで困っていないと言われればそうかもしれないが。このまま全員此処においておくわけにもいかないので、仕方ない。
「自分たちが非合法なことをしていようと、絶対に記録はつけた方がいいんですよ。見られて困るならそれを暗号化すれば良いだけで」
「先生は結構こまめに記録つけてるよな」
「あとでつけておけばよかった、と思っても遅いですからね」
「ていうか先生の記録って先生の他に誰か読めんの?」
「まだ誰にも教えてないので、もし俺が死んだりとかしたら貴方たちで必死に解読してください」
「縁起でもねえこと言うなよ…」
アルフが何か言いたそうに俺が見たが、まあ何も言われなかったので放っておくことにした。多分アルフはなんとなく読めるのだろうし。
「此処に残るってなった子たちはどうですか」
「勉強苦戦してる感じ。まあ、目立って困ったところはないと思うぜ。でも先生が顔出した方が安心はするのかも」
「明日には顔出しますね…」
 最初から、売られたのだからもう戻れない、と言い切る者もいなくはなかった。そういう者は仕方ない、うちの従業員見習いとして勉強、並びに行儀作法を教えてもらっている。奴隷ではないので貸付の対象にはならないし、首輪もつけていない。一応制服がなくはないからそれを着てもらっているが、今後はそれだけで大丈夫かも考えなくてはいけなかった。今まで、完全に此処に居残っているのがアルフくらいだったので深く考えずに来たところだったけれど、こうなってきたらちゃんと考えなくてはいけないだろう。
 世界の動きを見るに、あと少しで奴隷制が廃止されるというのに。
 余計な仕事が増えてしまった。俺は奴隷制の廃止に合わせてほどんどの者を卒業させるつもりだったのに、これでは事業縮小どころではない。一人で生きていくのが難しそうな年齢の者だけ残して、あとはゾーダン石でやりくりしながら、徐々に消えるつもりだった俺の計画がパアだ。しかし、あの流れを聞いてしまうとシャヴィとバーグを叱ることも出来ない。…そもそもの話、俺は叱るのが苦手なのだ。怒るのは出来るけれど。叱る、というのは何がいけなかったのか理解させて、次は同じことが起こらないようにする、ということだと思っている。今までの人生で部下なんてものを持ったことがなかった俺は、大人に対するやり方ですら危ういのだ。それが、こども相手。頭が痛い。
「…シャヴィとバーグはどうですか」
「他のやつにしこたま怒られて、そのあとよくやった! って言われてたよ」
「仕事を急に増やしたのはアレだけど、まあ、悪いことしたわけじゃあないからな」
「長い目で見れば従業員獲得って悪いことじゃあねえし?」
「うん」
アルフはさておき、アルフが同意するようなことを言い出したカイは何なんだろう。
「…そういえば、カイ」
「なに?」
「貴方は卒業後はどうするつもりなんですか? あと一仕事したら貢献貯まるでしょう。そろそろ考えておかないと」
「え? 俺、このまま此処に就職するつもりだったけど」
「………」
 絶句した。伏兵が此処にいた。
「ほら見ろ。やっぱり先生思ってもいなかったんだぜ」
「えーマジかよ、先生。冷てえ〜」
「いや…冷たいも何も…うち薄給ですよ。それは貴方たちも分かってると思っていたんですが」
「薄給なのは先生が仕事を絞って、本当に必要なことしかやらせないからと、貢献を卒業祝いに渡してるからだろ? 知ってるよ」
「それ、は…」
「あっ、卒業祝いの話はチビたちにはしてないから!」
「すみません、誰が知ってるんですか? それ…」
もう一度絶句したかったのに、している暇がない。
「えー…年長のやつなら大体知ってると思うけど…。俺は、そうだよな? って聞かれたら知らねって誤魔化してるから、確信持ってるのはどれくらいいるかな…」
思った以上に広まってそうだ。卒業した者には口止めしていたのに、どうやって広まったのか。
「もしうちが破産でもしたら出来なくなるから、言ってなかったのに…」
「あはは、アルフ正解じゃん」
「だって先生、卒業してそのまま旅立つとか、元手ゼロで出来るわけないだろ。でもうちからは何人もそういうやつが出てる。なら、卒業と同時にある程度の資金が手に入るんだなって思う方が自然だろ」
「正論すぎて言葉がない…」
頭を抱える俺を笑いながら、カイが言う。
「そういうことで、従業員第一号としてよろしくな、先生」
「本気ですか…?」
「本気本気。あ、アルフみてえに面倒はかけねえから! 俺はちゃんと給料とか貰って自分で管理するから安心しろよな!」
「おい、俺は面倒をかけてるわけじゃない。訂正しろ」
「やーだね。面倒なことしてる自覚はあるんだろ」
同い年らしい言い合いをする彼らを見ながら、どうやら俺は本格的に新世界に向けて調整をしなければなさそうだ、とぼんやり思った。
 もう仕事が増えるのなら何がどうなっても同じだった。



















prev / next

ブラウザバックor戻る
ALICE+