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横抱きというのはされると恥ずかしいものと思っていたが、違うんだな、と思う。怖い。なんていうか、安定感の話ではなく、ただ単純に、なんか怖い。安定はしているのだと思う、なんてったってジャーファル様がしているのだから。
そうだ、ジャーファル様がしている。
誰を、というのは問われるまでもない。俺を、だ。
「待ってくださいってばジャーファル様!」
「待てませんよ! こんな…よくきみはこんな重大なことを…! 何年黙っていたんですかっ!?」
「七年か八年ですかね! もう二桁目の前です!」
「自慢気に言わないでください!」
「あの濃ゆい面々の中で秘密ここまで守ったの褒めてくれてもよくないですかっ!?」
話している間にジャーファル様は俺の髪を整えたりしてくれたから、とりあえず外に出ても大丈夫そうな頭にはなっているけれど、俺が今着ているのは一応寝間着なのだが。一枚羽織ったら中身は見えないとか、そういう問題じゃあないのだ。俺のなんていうか…沽券の問題であって。
そんなことを思っていても、仮にも倒れていた寝起きの俺が、ジャーファル様に敵うわけがなく。横抱きにされたまま転送魔法陣へと突っ込んでいった。一応すれ違ったカイにあとはどうにかしてくれ、と投げてきたが、あれで良かったのだろうか。いや、俺がいたところでどうせ寝ているしかないのでいなくても同じではあっただろうが。
「あ、煌帝国初めて来た…」
「あとでたくさん観光に連れ回してあげますから」
「いいですよ! こんな復興大変そうなのにそんな呑気なことやってられますか!」
煌帝国は迷宮(ダンジョン)の出現数が多かったのもあるからか、被害が甚大だと聞いていたし、こんな状況で観光なんて無理だろう。出来てももっといろんなことが片付いてからだ。
「アリババくん! アラジン!」
とかなんとか思っていたら、ジャーファル様は天幕の張られた家に突っ込んでいった。天幕があるってことは、人の家じゃあなのだろうか。屋根が飛んだとか、そういうのの応急処置でしているのでは…? 俺の思考など知らないで、家主たち(仮)は振り返る。
「ジャーファルさん?」
「ジャーファルおにいさん?」
まさかここへ来て主人公たちと関わることになろうとはなあ、と思った。辺りを見回してみるがどうやらモルジアナはいないらしい。復興の手伝いでもしているのだろうか。
「あれ、ヨナじゃねーか。なんでジャーファルさんと一緒にいるんだ?」
いつぞやの青年―――改めアリババくんは、どうやら俺のことを覚えていたらしい。忘れてくれた方が良かったのだが。だって説明が面倒だし。
「斯々然々で伝わらないもんですかね…」
「恋人です」
「えっ!?」
二人分の驚きの声が重なる。
「ちがっ」
「違うんですか?」
「………違いませんけど」
事が終わるまで、と逃げ回っていたのもあって、今更認めるのもなんだかひどく恥ずかしい。というか俺は、この話をしたら流石にフられるだろうと思っていたのだ。ジャーファル様はああ言っていたけれど、ちょっと許容値を超えているだろうと思っていた。それがどうして煌帝国にまで一気に飛ぶ羽目になるんだ。しかも横抱きで。いや、横抱きなのは一応俺の身体を気遣ってのことだろうが、それはそれとして気遣ってくれるなら、一応休んでいる人間を移動させようとなんてさせないで欲しかった。この場は俺の方が正論だと思う。
「前知り合いなんていないって言ってなかったか!?」
「奴隷商人がシンドリアの高官と知り合いだなんて、肯定するわけないでしょう! 少しは考えてものを言ってください!」
「あっ? あー…それもそうか…」
「あの時俺、変な噂が出回らないように大変だったんですから…!」
貴方の所為です! と叫んでみれば、アリババくんは素直にごめん、と謝ってきた。情報戦の遣り方が今なら身に染みて分かっていることだろう。あの時俺の初動が遅れれば、それこそ商会に大ダメージがいった可能性だってある。何処ぞの国のお偉い方を怒らせたことのある商会なんて、普通は使いたがられないものだ。しかも、それがシンドリアの、となれば余計にマイナスイメージはつくだろう。奴隷商人たちは当然シンドリアとは遣り取りをしないが、あの国がそれなりに力を持っていることは周知の事実だったので。
俺の意識を自分へと戻そうとするかのように、ジャーファル様は抱えている腕に力を込めた。
「アリババくんのおかげで私はきみを見つけられたんですが」
「俺は探して欲しいとは言っていません」
「そうですね、探して欲しくないから逃げ出したんですもんね」
「えっと…お二人は一体、どういう関係で…?」
「それは…」
「ジャーファル様、その話しに来たんですか? 俺、帰ってもいいですか? やることいっぱいあるんですよ」
ルカッタだって結構めちゃくちゃにはなっているのだ。山岳地帯に近い場所だったからか、想像していたよりはひどくなかったけれど、町の家々はドミノ倒しみたいに壊れたし、やらなければいけないことは多いのだ。本当、よくあれで人が死んでないな、と思った。俺の屋敷に集まっていたのが功を奏したのかもしれないが。あと全員で防御魔法を張って頑張ったのだし。
「ていうかなんでヨナは…抱えられてるんだ?」
「ちょっと倒れたからですかね…そろそろ下ろしてもらえませんか、ジャーファル様」
「………もう少しこうしていても?」
「下ろしてください」
移動は終わったのだから下ろしていいはずだ、と言い張ると、仕方なさそうに下ろされた。アリババくんが椅子を勧めてくれる。有難い。ジャーファル様だって、幾ら鍛えているとは言え自分より重いものをずっと持っているのは疲れると思うし、俺だって慣れない状況で疲れる。
ジャーファル様が俺の隣に座って、とりあえず、とアラジンの出してくれたお茶を飲む。煌帝国のお茶なのだろうか。知らない味だ。俺が茶葉に興味を持ったのが分かったのか、それを遮るようにジャーファル様が本題を切り出した。
「アラジン、きみは聖宮で他の世界の話をした、と言っていましたね?」
「え? え、うん…。流れで世界の壁を壊すか壊さないかって話になって、そもそも、壁を壊すとか壊さないとかの前に、そういう壁の向こうにある他の世界とまず、対話が出来ないかって話になって…。でも、対話が出来るかどうかって言うのもアルバさんの証言しかないし、まずはイル・イラーとの対話を目標に、平行して他の世界との遣り取りの仕方を見つけよう…って思ってるんだけど」
「イル・イラーは分かりませんが、対話は出来ると思います」
「どうしてそんな断言が出来るんだい?」
ジャーファル様とアラジンが話してるなら、俺はアリババくんと話しててもよくないか。そんなふうに思って茶葉のことを聞こうとしていたのに、またそれを遮るように腕を引かれた。ちょっとくらいよくないか。もうこうやって顔を合わせてしまったからには関係が完全に生まれてしまったし、町ですれ違った変な奴隷商人、だけではいられなくなった。なら仕事くらいさせてくれてもいいだろうに。
「ヨナ」
急かされるように呼ばれて、うう、と唸る。
「も、もうちょっと心の準備させてくださいよ…」
「きみのそんな言葉を愚直に待っていたら、また十年二十年経ちそうじゃないですか!」
「まだ十年黙ってたわけじゃないですよ!!」
「でも黙っていたかもしれないでしょう? 私がきみを見つけなかったら誰かに言うつもりがありましたか?」
「それは、ない、ですけど…」
だからと言って、こんな興味津々な瞳で見られるのもなんだか、というのが本音だ。アラジンはそれでも首を傾げているのに、アリババくんはなんでそんなわくわくした顔をしているんだ。
「俺は、」
しかし、こうなってしまえば言うしかない。いや別に、もう、言わないでおこうと思っていた理由はなくなったのだから、いいのだけれど。
「別の世界から来ました」
ええっ!? というアリババくんとアラジンの声がまた重なる中、ジャーファル様がなんだか得意げな顔をしているのがよく分からなかった。
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