眩しすぎた空の色
この街に住んでいてまず近界民のことを知らないなんて人間はいなくて、それは同時に界境防衛機関・ボーダーを知らない人間はいないということでもあって。
だから私はその日、なんにも心配せずに買い物に出たのだ。先輩がボーダーにスカウトされた、そんな噂を振り切るように。
好き、だったのだと思う。中学生の可愛らしい憧れ、もうそれは恋に等しいのだと、なんとなく可愛くないことを思いながら寂しいな、と思っていた。
私の兄は四年前の大規模侵攻で死んでいた。こっそりと、ボーダーの前身組織に協力していて、市民の避難誘導だとかそういうことをしていた結果、あの大きなものに狙われてしまったのだと聞いた。家にやって来たスーツのお偉いさんの言葉を何処まで信じたら良いのか分からなかったけれども、お父さんもお母さんも納得したように項垂れるのを見て、ああ何も知らなかったのは私だけだったのだと気付いた。
あの日から、私はボーダーが少し、苦手だ。
だから、其処に入ってしまうという先輩のことも、なんだか。今まで見ていて胸に湧いてきたきらきらとした感情が消えてしまって、思うのは失望にも似た感情で。ボーダーがなければこの街は壊滅していただろう。ボーダーがなければこの街は機能しない。それは分かっている、私たちが安全に生活するためには、ボーダーが必要で、ボーダーが機能するためには隊員が必要で。其処に選ばれるというのはとても素敵なことで、何も、悪いことなどないのに。
蘇るのは、兄の静かなお葬式だけで。
―――守れませんでした。
そう言ったその人の顔を、私は覚えていない。忘れようと決心して、それで本当に忘れてしまった。人間なんて簡単な生き物だ、明日を生きるために昨日を捨てられる。兄はそのうちの一つだった。
そんなことを思っていたからだろう。少しばかり遠くで鳴っていた警報に、気付くのが遅れた。
「………あ」
遠くからならば何度も見ている。此処は警戒区域の外だけれど、有刺鉄線はすぐそこだ。真っ白い身体をした近界民は私を見下ろしていた。大方区域ギリギリで門が発生して、隊員が来るよりも先に区域外に出て来たのだろう。そこに、誰かいると、知って。
はく、と唇の震える音がした。兄は、怖くなかったのだろうか。思い浮かんだのはそんなことだった。買い物袋が落ちる。警戒区域近くのスーパーは安いからと、そんな欲目を出したのがいけなかったのだろうか。残りはお小遣いにして良いからね―――そんなお母さんの優しさに付け込もうとしたのが悪かったのだろうか。
私は。
死ぬ、のだろうか。
白い身体がぐわ、と迫ってきて、それから。目を瞑ることも忘れていた、だから何が起こったのか一つ残らず覚えていた。
「これマレに見るデカさじゃね? あ、国近ー繋がった! 今の俺が倒したから本部に連絡入れといて。あと多分中学生保護」
一瞬だった。
一瞬で白い近界民は倒されて、残ったのはただの残骸と、その山の上に座っているどこかぼんやりとした印象を残す男。
「ね、お前、大丈夫?」
怪我ない? と笑うその顔に心臓が叩かれたような気がしたのは、ただその後ろの空が眩しかったからで、先輩のことを忘れた訳でも兄のことを忘れた訳でも、ましてや今感じた恐怖を忘れた訳でも、ないのだ。
イトシイヒトヘ
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