何処へも行けない



 よっと声がして、それがつい最近聞いたものだったものだから思わず肩が強張って、本当は振り返りたくなどなかったのだけれども気付いてしまった手前振り返らない、つまり無視をするという選択肢は消えてしまったので―――私はこう見えても真面目な中学生である。少し考え事をする時間が多いだけで。
「三日ぶりくらい?」
「…そう、ですね」
もっと言いたいことはあったのだけれど、私に返せるのはそれくらいだけだった。

くじらの涙

 ちょっと話さない、なんて軽い言葉で連れ出された私を友人たちは羨ましそうな目で見ていた。なんだって学校になんて来たのだろう。私を逃がさないためだろうか。そんな卑屈なことを考えながら、明日投げ掛けられるであろう質問たちに思いを馳せる。どうやって誤魔化すべきか。
 別に多分、トリオン能力が優れているだとか、そんなことはない。兄の死以来ボーダー関連には近付かないようにしていたから測定も何もしていないけれど。近界民に襲われたのだってこの間が初めてだし、ボーダーが公になる前の世界でだって別にそういう目にあったことはない。だから、そういうことではないのだろう。この間のことが、原因、なだけで。
「ほら」
「…ありがとうございます」
ひと気のない公園で自動販売機の缶のココアを渡される。相手はどういたしまして、と言ったきり動かない。
「あの、先日の話ですよね」
 そうであるのならば、先手必勝だ。
「先日は助けていただいたのにすみませんでした。お礼も言わず、然るべき処置も受けないまま…ボーダーには機密保持があると聞いていたのに、忘れてしまって…気が動転していたんです。でも、名乗り出ることも出来なくて…。逃げ出したのは本当に申し訳ありません。あの日のことは誰にも、両親にも、話していませんし、記憶処理をするのならどうぞ。今日は気が動転したりはしていないので逃げたりはしません」
つらつらと並べた言葉は完璧だったとは思えないが、それでも一度気が動転して%ヲげている一般人の言うことだ。私が逃げ出したのは近界民に驚いたから。あそこは警戒区域外だったのに、警戒区域内に入ってしまったのだと思って、咎められるのが怖くなったから。ボーダーの記憶処理について知っているのは―――突っ込まれたらそういう噂があるのだと、そういえば言っていた友人は噂好きだったと、そう返そう、と決めた。この人が話に聞いていた通りの人ならば突っ込んでくるとは思えないが。
「いや、別に記憶の処理をしたくて探してたんじゃねーんだけど」
おれそんなに顔怖かった? という問いには子供扱いを感じるが、こちらは中学生なのだ。しかも一般人。そうなっても仕方あるまい。それに、今はその子供扱い≠ノ反発する気分でもない。
「………えっと、じゃあ、なんで」
「落し物しただろ」
それが渡したかったから、と言うその人の手の中にはきらきらと煌めくペンダントがあった。ドックタグのような味気のないものだけれど、私にとっては、とても大切なもの。あの日から見当たらなくて、近界民に踏み潰されてしまったのだと半ば、諦めていたのに。
 「大事なものだろ」
「―――」
この人は気付いただろうか。このオモチャのドックタグの持ち主に。だから、届けに来てくれたのだろうか。
「…ありがとう、ございます」
 受け取ったそれを、まるで人間にするように抱き締めた私は、その人の目にどういうふうに映っていたのだろう。




(曇天の連れて来たあなたのいた証明)


















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