君の幸せとかそういうもののはなし



 悲しいとかそういうことはないのだと、私は私にそう言い聞かせる。すべての恋愛がうまくいくなんてことはない、そんなのは当たり前だ。いつだって王子様が、自分の信じた王子様が迎えに来てくれるなんて大嘘だ。信じていることが許されるのは少女だけで、生憎と私は少女ではない。
 だから、前を向くのだ。説明すると面倒だがまあ上司に当たるアーロン・ホッチナーを前にして私は凛と立つしかない。まるで戦いを受けるかのように。
「ホークショー」
「はい、何でしょう。ホッチナーさん」
「大丈夫か」
「大丈夫です」
私は笑う。気丈に笑う。彼にはそんなもの通じないかもしれなくても、だからと言って延々と泣いている訳にもいかない。彼は私を傷付けはしたけれどもそれは彼の悪意あってのことではないし、そうなるしかなかったのだ。それを私はずっと引きずる訳にもいかない。
「大丈夫ですから」
 告白することも出来なかった。彼には愛する奥さんと息子さんがいて、それは離婚した今でも変わらなくて。でも、と私はまた笑って見せる。凄腕の分析官の前で私は丸裸も同然なのにそれでも鎧を着込んでいるふりをする。
「一度だけ、名前を呼んでくれますか」
彼は頷きも何もしなかった。
 ただ一言ベイリー、と呼んでくれた、その思い出だけで私は次の恋までの修復に取り掛かる準備が出来るのだ。




どくりょう。と呪文のように呟かれ無かったことになる物語 / 岡野大嗣


















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