平和な主人公になりたかったモブのお話
現実で大学生をやっていたはずの私は気付いたら転生していて(死んだ時の記憶はないが)(おそらく吹っ飛んだものと思われる)、小学校三年生をやり直している時に神隠しにあい、良く分からないままに飲食店の心優しい夫婦に拾われて皿洗いをして暮らしている。千と千尋か。と、まぁ初っ端からトバしすぎだろ、と思う設定だが、これが私なのだから仕方ない。そんな私の今現在の状況を言うと、進行形で詰んでいる。詳しい話は端折るが、つまるところ悪の組織に誘拐されたのだ。
同年代の子供が二十人程一箇所に集められている。幾つか言いたいことはあるが、私たちを誘拐したらしい人たちは、こちらの世界では有名な悪の組織を名乗った。私はその人たちを見たことがあった。…と言っても、一方的も一方的に、なのだが。まだ私が大学生をやっていた時にはまっていた漫画の登場人物。黒子のバスケという漫画の、霧崎第一の皆さんだった。
重ねて言うが此処は転生トリップした先で神隠しにあった世界なので、黒子のバスケの世界ではないはずなのだ。転生トリップ先が黒子のバスケの世界だった、の方が楽しめた気がする。今は命が危なくて楽しんでいられない。というか、この人たちに命奪われそうですね、ちーん。年齢は原作より上のようだが、他人の空似と言うには似すぎている。此処は所謂パロの世界なのかもしれない、なんてメタ思考。いやでも詰んでいるんだからメタ思考くらい許されるはずだ。許されろ。
恐らく下っ端山崎の話が終わり(助かる見込みはないと思ってください、という内容だった)、暫くして下の方から悲鳴が聞こえた。なんだろう、と下をチラリと見やって、見なきゃ良かったと後悔した。良い笑顔で見てますね、花宮さん。あの人たちさっき山崎が護衛だとか何とかって言ってませんでしたっけ。見てない見てない、私は見てない。ころっと落っこちる人間の首なんて見てない。私たちのいる渡り廊下のような、ロフトのようなそんな場所の真下で、絶賛斬首刑執行中。次は我が身かと思うと見ていられない。他の子供も下で起こっていることに気付いたようで、悲鳴やら何やらで溢れかえる。誘拐された時点で詰んだとは思ったが、こんなもの見せ付けられてその気持ちは更に深まった。どっちかっていうと深まって欲しくはなかった。普段から生への執着心が薄いとまで言われれる私ですら、こんな死に方は嫌だと思うレベルの詰み具合である。しかしこの状況を打破する術などない。それならもういっそあの、首を切られても少しの間は意識が残っているという噂を検証するしか…いや、やっぱり想像したくない。まぁ直ぐに身を以て体験することになりそうだが。
そんなふうに考えながら、阿鼻叫喚の中一人体育座りで縮こまる私は、周りから浮いていた。そしてとある一人の男に興味を持たれてしまった。馬鹿も馬鹿、凄まじい大馬鹿だ。
「君、不思議だね」
前髪野郎こと原一哉である。
「君は他の子みたいに無様に泣き叫ばないんだね」
そりゃメタ思考に忙しいですからね。完全に詰んでるし。というかこの人無様にとか言いましたよ聞きました? 何が面白いのか原はにやにやと笑いながら私の顔を覗きこんで来る。
「大丈夫だよ、ね、そんな顔しないで。安心して良いよ。オレが助けてあげる」
瞬間、涙が溢れた。恐怖で。
「え!? ここで泣くの!?」
普通ならばこんな状況でこんな優しい言葉を掛けられたら、相手は何かしらの期待を抱くのかもしれない。原が本当に自分を助けてくれると信じるのかもしれない。瀬戸際なのだ、正直藁にも縋りたい。けれど、彼の目の前にいるのはメタ思考に忙しい私だ。前髪で隠れているその目が、別の意味で笑っているのが分かってしまう。こいつ、また突き落とすためだけに甘い言葉を吐きやがった。
「おっかしーなぁ。いつもなら皆ここで可愛い笑顔とか、涙は涙でも喜びの涙とか、見せてくれんのにー」
ひょい、と持ち上げられる。可笑しいな、とか不思議そうな顔するな、お前の所為だ。何か間違ったかなぁ、じゃない。強いていうならお前のその歪んだ嗜好が間違っている。暫くぶつぶつ呟きながら私の顔をじろじろと眺めていた。その間も涙は止まらないし絶望は加速する。
「あ、そうだ」
うーんと唸っていた原が何やら思いついたように顔を輝かせる。
「花宮ー」
持ち上げたまま移動するんじゃない。私は子供たちの集団から引き剥がされて霧崎の面々の方へ連れて行かれる。
「これ飼っても良い?」
何を言い出すんだこいつは。花宮は面白そうに笑った。あ、本当にふはって言った。アニメで聞きたかった。
「好きにしろよ」
「わぁい、やったぁ」
好きにしないでください、お前も子供みたいに喜ぶな。絶望の奥に更なる絶望が眠っているなんて知らなかった。世界は広い。
「許可出たし、直ぐには殺さないから泣き止みなよ」
ぽん、と頭を撫でられる。原という男は存外素直な人間なのかもしれない。ベクトルは可笑しいが。とりあえず涙を拭うと、驚くほど簡単に止まった。絶望は拭えないが。
「あれ、まだ酷い顔」
当たり前だ。少し命が伸びたとしても、それは飼うなんて言い出すような男に任される期間なのだ。楽に死ねないのは決定したようなものだ。これならあの時素直に首を切られたかったと、この先きっと思うんだろう。
「そんな顔してるうちは、楽に死なせてあげないよ」
涙でがびがびになっていた頬を、原はれろ、と舐め上げた。そのまま眼球に達する。抵抗らしい抵抗も出来ない。そんな私の反応を見て喉の奥でくつくつと笑ったかと思うと、反対側も同じようにしてきた。これ、言葉で言うだけならなんとなくえろいが、実際は成人済み男性が子供―――小学校三年生(しかも誕生日がまだ来ていないので八歳!)にやっていることである。それはもういろいろ通りこしてぐろいというか、完全に捕食行為のそれである。
「ねぇ、君の名前は?」
よろ、とした私を優しく抱きとめて原は問う。前髪が透けて、その向こうの眸に捉えられる。転生トリップからの神隠しということで薄々感じてはいたが、私は主人公属性を持ってしまったらしい。なんてことだ。欲を言うならばもっと平和な主人公補正をつけて欲しかった。そんなふうに思いながら、私は震える唇で自分の名前を紡いだのだった。
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