失われた数式



 薬缶の鳴く音がする。慣れないティーポットを手にして、私は紅茶を淹れる。
「だめね、まったく上手くならない」
いつものように私が言うと、君がそれを必要としていないからだろう、と返された。いつものしかめっ面で。
「何故紅茶に拘る?」
「コーヒーが嫌いだから」
「家の前の店でも良いと言ってるんだ」
「台所に立つくらいはするって、貴方に見せたいじゃない」
すると彼は何のために、と言いたげに片眉を上げた。いつも思うけれども本当に器用だ。彫刻のように美しく、プログラミングされたように正しく、彼は私の前に立つ。私はそんな彼の他の面が見てみたくて、言葉を探す。
「ただの計算なのは貴方にはバレていそう」
「バレているも何も、君は自白しただろう」
「最初に会った時に?」
「最初に会った時に」
 そう言われてみればそうかもしれない。だって、最初に会った時から彼に隠し事は不可能だと、本能に近い部分が叫ぶのを感じていたから。
「コミュニケーションは計算で、だから悪いものをたくさん読んでる。悪いものを知っていれば、入り込んではいけない境界が分かった気になるから」
その言葉に彼は少し考え込んで、それから紅茶を口にした。
「真人間でいたいのか?」
「分からないけど、違うんじゃないかって思ってる。もし本当に真人間でいたかったら小説だろうと書くことはしなかったかも」
「秘密の日記にした?」
「かもしれない。でもそれって貴方の追ってる人たちの共通点なんじゃない?」
私が笑っても彼は笑わない。
 それが、犯罪者予備軍である私、セナ・堀越をいつしか監視するようになったFBI捜査官、アーロン・ホッチナーの常だった。


















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