少年は水銀に浸る



 近所に少し変わった男の子がいるというのはなんとなく知っていた。まだ小さいのにチェスが得意で、誰か(多分彼のお父さん)を待っている間にやっているゲームに、その辺りでは誰も勝てたことがないのだと。当時もう大学生だった私はあまり子供と触れ合う機会はなかったけれど、何度か彼が大人の男とチェスをしているのを見ていた。
 それに、胸がざわついていたことも。
 それから少しして彼の友達が殺され、彼は一人になった。あの大人が彼とチェスをしているところも見なくなった。それがどういうことを示すのか私には検討もつかなかったけれど。
 ある夕方、公園で一人、ぼんやりしているとその男の子が入ってきた。大人は一緒じゃない。男の子はすぐに私を見つけると近付いて来て、私をしげしげと観察し始めた。
「………どうしたの?」
あ、と男の子は漏らして、それからすいっと背筋を正した。
「ぼくはスペンサー。スペンサー・リード」
「スペンサーね。私はベイリー。ベイリー・ホークショー」
「ベイリーは迷子?」
「迷子じゃないけれど、ちょっと帰りたくなくて」
「そうなの? …ぼくも、なんだ」
「そうなの?」
年齢を考えたら家出は少し早いようにも思えたが、スペンサーは少し他とは違うのだった。そう思ったらが好奇心が疼いて、私の口からは思ってもいなかったことが飛び出していた。
「…私と一緒に来る?」
「ベイリーと?」
スペンサーは少し考え込んだようだった。
「でも、ベイリーは多分ぼくのお母さんやお父さんから見たら知らない人だから。きっと未成年のぼくが一人で判断してベイリーと一緒に行ったら、例えそれがぼくの判断でお母さんやお父さんにはベイリーがぼくを誘拐したって思われちゃう」
「ああ、確かにそうね」
「うん。だから、家出はまた今度」
でもちょっとだけ隣にいても良い?
 スペンサーの言葉に私は一つ、頷いた。とっぷりと日が暮れてしまってから、スペンサーはそろそろ帰らないと、と立ち上がった。
「気を付けてね」
「うん。ベイリーもね」
「さよなら」
「さよなら。………またね」

 私はその夜、スペンサーを抱いて眠っている夢を見た。スペンサーも私も裸で、でもそれは厭らしい感じはひとつもしなくて、私たちは儀式のように、原初のように、ひとつに還っていくようなそんな気がしたのだった。



@0daib0t


















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