夜中に叩き起こされた。医者という職業上まあ今までなくはなかったことだが、その叩き起こして来た相手がいつもと違っていた。紺色、暗い中でもそれが分かったがすぐに頭が起きることはなかった。
「伊佐早先生、急患です!!」
むにゃむにゃと口の中で意味不明なことを呟いている僕に対して何やら兵隊さんが言うことを理解するより、馴染みの看護婦が耳元で叫ぶ方が早かった。大声だった。
 何故町医者である僕、伊佐早順玲がこんな夜中に叩き起こされたのかと言うと、何、面白くもなんともない、ただの人手不足だった。眠い目をこすって何とか治療を終えると呼びに来た兵隊さんより地位が高いらしい人が挨拶に来た。挨拶とかどうでも良いから寝たかった。その人は大変に面白い怪我を顔面に携えていたのだけれど、兎に角眠い僕にとっては興味よりも眠気が全面に出た。面白いとは言っても既に治療済みであることだし。もしその怪我をしたての時に出会ったら眠気なんか忘れてすぐに飛びついただろうけれど。なので素直に言った。
「眠いので眠っても良いですか? 目が糸のようになってしまっているので」
「先生は常時そんな顔ですよ。軍人さんに妙なことを言わないでください」
「えっ…ひどい…」
看護婦がすかさずツッコミをしてくる。ひどい。彼女は確かに僕の右腕的存在だし、今日初めて顔を合わせた兵隊さんたちよりもずっとよく僕のことを知っているが、あけすけな言葉で僕のお茶目な陳情を片付けてしまうのはどうかと思う。医者だって人間だし商売なのだ。叩き起こされたことを加味して少しでも多くぼったくらなくては。
 そんな僕の考えを見越したのかだめですよ、と看護婦は先手を打つ。
「人命を救うことが出来た、そのことに感謝しながら軍人さんの話を聞いてください、伊佐早先生」
「そりゃあ救うことの出来る生命だったからでしょう。運が良かっただけだ」
「ですからその運に感謝しようと言っているんです」
「そんな、君、いつから神の類を信じるように?」
「そういう問題じゃあないんですよ」
兵隊さんがこの茶番のついでに諦めてくれないかとも思ったけれどもどうやら全然まったくこれっぽっちも諦めるつもりはないらしい。こんなことだったらこの病院の院長である須子(すじ)先生を叩き起こしておくんだった。須子先生であれば戦争に行ったこともあったはずだし、兵隊さんに顔が効くかもしれなかったのに。少なくともこんな茶番をする手間はなかったはずだ。ちなみに僕はその頃必死に勉強をしたり実地訓練だと言って友人―――そう、友人に連れ回されたりしていたのでそれはそれでとても忙しかったし人生において重要な人脈もそこそこ出来た気がするのでその道のりを恨むことはないのだけれど。まあ、頼みの綱である須子先生は今ぐっすりと夢の中である。残念。夢の中の人を今此処に引っ張り出してくるのも可笑しい。対応したのは僕たちなのだし。
 ということで話を聞くことにした。
 さて、とその鶴見さん―――中尉なのだと言う―――が言うことには、先程治療した男は生命を狙われているそうだ。そして、今後は軍で保護するのだと言う。それだけならはい、そうですかで終われるものを、向こうさんは男から情報が漏れることを危惧しているらしく、治療した医者が何か聞いていたら困るからと襲ってくる可能性があるのだとか。
 何処まで本当だか。
 僕と看護婦は顔を見合わせた。目だけで睨めっこの真似事をして―――僕が負けた。
「ええと、それは怖いですね」
鶴見さんはその言葉を待っていたようだった。にこー! という輝かんばかりの笑みが眩しい。本当に眠い時に見るものじゃない。眩しい。僕たちの茶番を見たあとにこの反応をすかさず出してくるのはなかなか手強い気がする。言わせたモン勝ち、というやつだろうか。
「そうでしょう。しかし、あなた方はこの真夜中に睡眠を削って尊い生命を救ってくれた。その先生方に何かあっては困りますな」
「はあ」
「ご安心ください、我々は第七師団。北鎮部隊とも呼ばれる所以をあなた方もご存知でしょう」
「はあ」
「是非! こちらから護衛をつけさせていただきたい!」
いただきたい――ーなんて下手に出られてしまえばなかなかに断るのは難しい。そもそもこっちは眠いのに、どうしてこの鶴見さんはこんなにも楽しそうなのだ。まるで今が朝だと言わんばかりだ。兵隊さんというものはこのようなものなのだろうか。やっていられない。
 くあ、と欠伸を噛み殺す僕がとったのは、はいではお願いします、と投げやりな、けれども恐らく今一番求められているだろう返答をすることだった。
「では、この―――を残しますので」
鶴見さんはそう言って横にいた部下であろう兵隊さんを置いていったが、眠すぎた僕はその名前を聞き取ることが出来なかった。










デフォルトネーム読み方
伊佐早順玲(いさはやよりあきら)(ドラッグ表示)



















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