病院だって客商売なところはあるけれど、やはりこんなところは繁盛しない方が良いに決まっている。本日うちの病院は唐突に流行した風邪によってごった返していた。風邪なのだがあまりにその数が多く、また高熱からの重症化に繋がっている案件が多いため昼頃から休みなしなのである。風邪と侮るなかれ。人間というのは簡単に死ぬ。だから来院した患者を追い返すような真似はしないし治療もするし処方書も出す。薬局も大忙しだろうがこちらからも人手を出しているのでそこには目を瞑っていただきたい。今回
流行した風邪は重症化する患者が多いため、家で動けなくなっている人はいないかと暗黙に担当地域とされている家々に対して急遽往診を行うなども指示された。僕は病院に残って治療を担当していたけれど。以前から思っていたけれどもこんなふうに病院を運営していけるなんて、須子先生はとんでもない金持ちか出資者がいるのか、単純に経理担当が優秀なのか。気になるところだ。
 そんな現実逃避をしながら医者としての責務を果たし、やっと患者がいなくなった頃には既に鳥が鳴いていた。あれ、この間もこんなことがあった気がする。夜の間交代で寝ていたご老人たちが起きてきて、よく頑張ったね、寝て良いよ、と言ったのに甘えることにした。ふらふらと仮眠室へと向かう道すがら、同じようにふらふらしている八雲とすれ違う。八雲は一度仮眠に入っているはずだけれどそれでもふらふらしてしまうのだろう。彼女は結構気丈なのでこれは珍しい光景である。
「伊佐早先生、ひげ剃ってから寝た方が良いですよ」
「ええ、もう寝るだけだし…」
「どうせ起き抜け一番で引っ張り出されますって」
「その通りだ…クソ…」
今はちょうど空いているが、どうせ寝て起きた頃にはまた大繁盛だろう。
 八雲の助言通りに僕は最後の気力を振り絞ってひげを整えてから自室に倒れ込むようにして眠りに落ちた。

 身体が揺らされる。
「センセー、そろそろ起きろ」
「………何でいるんですか…」
此処は僕の部屋のはずなのだが。確かに仮眠扱いということで鍵は掛けていなかったけれど、尾形さんに部屋を教えた記憶はない。
「あの看護婦に言われた」
 想像は容易に出来るが。今忙しいんです突っ立ってるなら手伝ってくださいというかこんな状態の病院に飛び込んで来るとか何なんですか風邪引きたいんですか今すぐ伊佐早先生を起こしてきてください部屋は手前の長屋の右から三番目の部屋です。うん、脳内再生余裕だ。
 余裕だったところで僕はやっと、のろのろと頭を上げた。身体を揺らしたのは尾形さんの手だったらしい。一瞬足かと思ってしまって申し訳ないと思う。口に出してはいないので思うだけだが。
「暇なんですか?」
「忙しいんだろう」
「…はい」
答えにはなっていなかったがその通りなので頷いた。
「顔洗ってきます」
「処置室の方に来て欲しいと言ってたぞ」
「分かりました」
冷たい水でしっかりと覚醒し、濡れた顔のまま僕は尾形さんに言う。
「尾形さんも風邪には気をつけてくださいね」
「そんなもの引いたこともない」
「風邪で人は死にますからね」
「…気を付けよう」
恐らく死ぬと言ったからではないが、尾形さんは素直に返事をしてくれた。
 その時はなんとも思わなかったが、今までになかったそんな反応を僕は数日後に思い出して遅ればせながら心底驚いたのだった。


















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