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大流行風邪騒動が収まって病院には再び一時の平和が戻ってきた。患者はそこそこに広い待合室に二人か三人で、雑誌を読んだりしながら時間を潰している。僕はというと赤子を抱いてあやしていた。隣に八雲がいるのに任せないのは、彼女が赤子の扱いが下手だからである。抱き上げれば殆ど絶対と言って赤子が泣き出す八雲の、その所作に間違いは見つからないのだが、向き不向きがあるということなのだろうか。この病院には他にも看護婦はいるにはいるのだが、この間の騒動で殆ど休めなかった分を休んでもらっているのだ。勿論火急の事態には連絡が行って呼び出されるのだけれど。
そんな平和な時間にも尾形さんはやって来るのだ。まあ一応仕事のようなので仕方ない。文句があるなら鶴見さんに言わなくてはいけないことは分かっている。けれどもまあ、須子先生が何も言わないということは放っておいて良いことなのだろう。
「アンタの子か?」
「僕独り者だって言いませんでしたっけ」
流石に冗談だとは分かっている。とは言っても僕もこのくらいの子供がいても何ら可笑しくはない歳ではあるのだ。最早縁談をせっつく親類縁者もいないし、結婚したいなら兎も角此処の人々は特にそういう話をしないので半ば忘れかけていたが。僕はまあ、それでも良いが、八雲のことをそろそろ考えておかないといけないのだろうか、なんて思う。恐らく彼女はそういうことに頭が回らないだろうから。回ったとしても嫌だと言うかもしれないが、その時はその時だ。
「患者さんの息子さんですよ」
「親は」
「今診察室です。ちょっと時間が掛かるんですよね」
とんとんとん、と背中を叩くと赤子は小さく声を上げた。笑っているらしい。母親はそろそろ昼寝の時間なのだと言っていたから、出来たら寝てくれると嬉しいのだがどうやらそのような気配はない。
「母さまはもうすぐ戻ってくるよ」
「何で背中を叩くんだ」
尾形さんが覗き込んで来る。
「こうすると赤子は落ち着くんですよ」
「医者はそんなことまで習うのか」
「やるにはやりますけど、僕が知ってるのは学校でやったからじゃあないですよ」
じゃあ何故、と尾形さんが目で問うてくるので捻りもせずに答えた。
「散々やりましたから」
「下に弟妹でもいるのか」
「まあ、そんな感じです」
僕は腕の中の生命に意識を戻す。赤子はやっとうとうととし始めた。いつもと違う場所が気になっていたのかもしれない。
「君は大人しいね」
僕は呟く。
「とても大人しいね」
くあ、と誰かの欠伸が聞こえた。
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