拝啓 親切な方へ



 はじめまして!
 …ではないのよね。でも私からしたらはじめましても同然なのではじめましてと言わせて頂きます。だって孤児院にいらっしゃる偉い先生方は、私たち子供にとっては皆一様に畑のかぼちゃ以下に見えてしまうのだから。ご勘弁なさってね。
 この度は私を都会の大学に進ませていただけるということで、本当にありがとうございます。私、ずっと勉強したいと思っていたんです! 貴方は以前からこの施設の子供に投資をしてくださったと金兵先生から聞きました、女の子で選ばれたのは私が初めてだとも。金兵先生は貴方が女の子嫌いだとおしゃいましたから、私は最初貴方のことを女の子嫌い様と呼ぶことにしようかと思いました。だって、親切な支援者様、なんてひどく他人行儀だと思いません? けれども女の子嫌い様、なんて貴方にも私にも失礼な呼び名かな、と思ったのでやめました。
 その代わりにあしながおじさま、というのはどうでしょうか? 私、貴方が施設を訪れて金兵先生にこの話をしたその日、貴方の影だけを見ましたの。
 あの日はとってもいいお天気で、夕日もしっかり窓から入ってきたでしょう。それで、貴方の影が長く、長く引き伸ばされて私の目に入ってきたの! そこで私、思ったのです。蜘蛛みたいなだな! って。
 でも蜘蛛様、なんてまるで悪い魔法使いだわ。私はその手下。そんなの資金援助をしてくれた方とその未来溢れる女学生には似合わないでしょう? そう思っていたら、私、思いついたんです。蚊蜻蛉、という昆虫をご存知でしょうか。よく施設に出るのですが、以前外国(とつくに)からのお客様が来た時にそれをDaddy Longlegsと呼んでいたんです。外国ではそういう愛称で呼ばれるんですって。Daddy Longlegsを日本語にして、あしながおじさま。どうでしょう? 貴方のユーモアの琴線には触れましたか? 蚊蜻蛉なら蜘蛛よりも悪役らしくないし、まぁ、可愛らしいとは言いがたいですが。
 施設の金兵先生は、貴方が私を作家にしたいのだとおっしゃってました。それは本当ですか? 私は元々文章を作成するのは好きな方でしたが、物語となると自信がなくなります…だってこの世の中には素晴らしい本がいくつもあるのですから! でも貴方は私がその仲間入りを出来ると思ってらしてるのでしょう? それならば私は頑張ってその期待に答えねばなりませんね。
 金兵先生から貴方がお名前も身分を隠したがっているのだと聞きました。それにはいろいろな理由があるのでしょうから、何も言いません。人には踏み込んで欲しくない私生活(プライヴェイト)がありますものね。私だってあまりよく知らない人間に孤児院のことをあれこれ根掘り葉掘り聞かれたら嫌ですもの。だから、貴方が偽名を使いたい理由もなんとなくですが理解できます。
 でもなんですか、山田太郎って!
 山田太郎なんて偽名、今では誰も使わないわ! でもそれがかえって貴方の正体を分からないものにしているのね。貴方はそこまで計算してこの偽名を使っているのかしら?
 ちなみに今は横浜へ向かう列車の中です。これからへの期待だとか、周りに知らない人ばかりいることだとか、とってもそわそわしているので手紙を書いていました。実のところ、不安もありますの。だって私、あの孤児院から出たことなんて、学校の修学旅行くらいしかなかったんですもの!
 では今日はこのくらいにしておきますね! 横浜について最初に見つけた郵便差出箱(ポスト)に、この手紙は投函しようと思います。

貴方に見初められた女学生 安辺もえぎより


















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