その日、いつものように尾形さんがやって来たことに一同驚いた。
「ほら」
「うわ〜!」
「よし、勝った。カレー奢ってくれるの楽しみにしてるから」
「先生カレー好きですよね…」
そのような会話を特に隠さずにしていれば尾形さんも気付く。
「人で賭けとは呑気なもんだ」
「この天気ですからね。来るか来ないかで」
外の風はひどい音を立てている。この分にはいつも通り尾形さんが帰る頃には嵐が直撃だろう。まさか歴戦の兵隊さんがこの天気で出歩く危険を分かっていない訳がない。病院だって何があるか分からないので開けてはいるものの、長屋に住んでいる職員以外は家に帰した。急患が舞い込んで来ても、この人数ならなんとかなるだろう。
「センセーはどっちに賭けたんだ?」
「負けたのでカレー奢ることになりました」
「来ないと思ってたのかよ」
思ってました、とは言わない。そんなこと言わなくても分かっているだろうし。黙秘を選んだ僕の素知らぬ様子に尾形さんはふうん、と呟いた。

 そして予想通りひどい嵐になった。だと言うのに尾形さんは普通に帰ろうとするので流石の僕でも服の裾を掴んで止める。僕がそんなことをするとは思っていなかったらしく、すごい勢いで振り返られた。瞳孔がここまで細くなる人は初めて見た。眼科は専門ではないけれどなかなかこういった反応はないだろう。
「大風の中帰す訳には行かないでしょう」
僕が真面なことを言えば帰らなかったら何かあったと思われるだろう、と尾形さんは言う。尾形さんに何かあれば任務の性質上、この嵐でも鶴見さんは直々に出てくる、と。僕は鶴見さんのことも軍のこともよく知らないので、尾形さんが本当のことを言っているのか分からない。けれども此処で手を離すのは医者である以上望ましくないことだろう。だからと言って予想される二次災害を予防しないのも違う。ならば、と僕が対策を言おうとしたところで、何してるの、と声が掛かった。
 須子先生だった。
「尾形さんを引き止めてました」
「あーこの雨だもんね」
「雨っていうか嵐ですよ」
「今日の当直は寝付けなくて良いだろうなあ」
「良いんですかそれ…」
一通り僕との会話をこなしてから須子先生は尾形さんに向き直った。
「ああ、尾形くん。鶴見さんには連絡しておいたから」
え? という顔を流石の尾形さんでもする。
「今晩は伊佐早先生の部屋に泊めてもらいなさい」
「ええ…まあ、良いですけど」
「ということだから、仲良くね」
嵐のように去っていった須子先生を見送って、やっと尾形さんが呟く。
「…此処、電話あるのか」
「そりゃあ」
病院ですから。
 さっきはそれを言おうとしていたのだ。それでも普通は連絡しておいたから、で済む話ではないとも思うのだが、そこは須子先生である。
「須子先生の行動にいちいち突っ込んでたら身が持ちませんよ」
ほら、部屋行きますよ、とタオルを持ってくる。
「部屋の場所は知っていますよね」
「ああ」
「じゃあ走りましょう。先行って良いですよ」
多分尾形さんの方が足が速いと思って僕はそう言う。
 思っていた以上に尾形さんの足が早くて、結果的に僕は二倍以上ずぶ濡れになったことは別の話としておく。


















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