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顔を洗って身支度をしていると尾形さんが剃刀を手に取った。尾形さんにだってひげは生えているのだからまあ、勝手に僕の剃刀を使っても特に何も言わないけれど。
「剃ってやろうか」
その剃刀を手にこちらを見て何やら言ってくるものだからまだ寝ぼけているのかと思ってもう一度顔を洗った。どうやら僕はちゃんと起きていたらしい。水がとても冷たい。では、寝ぼけているのは尾形さんの方か。
そこまで考えてから僕はたっぷり間を置いてから問うた。
「………はい?」
寝ぼけてるんですか? とは言葉にならなかった。これが僕の精一杯だった。
「ほら、そこに直れ」
「いやいやいや」
尾形さんは今自分が手に持っているものが凶器に成り得ると分かっていてやっているのだろうか。喉の辺りをがっと掴まれる。今から殺されるのだろうか? と思っても仕方のない行動だと思う。ていうか力が強い。流石兵隊さんである。
「動くと怪我するぞ」
「分かってますがそれとこれとは別じゃないですか」
尾形さんはそれ以上答えずに剃刀をちらちらと動かした。これは凶器に成り得ると分かってやっているに違いない。
流石におとなしくするしかなかった僕は、せめてもの抵抗でちゃんとしてくださいね、とだけ言った。
剃刀の刃が滑っていく。自分でやるのとは違う感覚に背筋が凍り付きそうになる。
「はは」
緊張する僕の何がそんなに面白いのか尾形さんは始終楽しそうだった。
「生命を握っているみたいだ」
終わった、と解放されてすぐに僕は鏡を見遣る。ちゃんといつもの通りだった。僕が思っているよりも尾形さんはちゃんと僕のことを観察していたらしい。そりゃあそうか、とも思う。なんたって監視対象、と思われるのだし。ちゃんとしているのが確認出来たので僕はやっと言葉を返す。
「そんなもの、いつでも握っているでしょう」
僕は当たり前のことを言ったつもりだった。僕は別段ひ弱という訳ではないけれどもやはりしっかり軍隊で鍛えている尾形さんには遅れを取ると思うし、というかたった今取ったし、そもそも尾形さんは人を殺したことがあるだろう。僕は医者として殺し方は知っていても、自分で手を下すことはしたことがない。せいぜい死体をいじったことがあるくらいだ。
「あー怖かった! 人に剃ってもらうのってこんなに怖いんですね、もう金輪際頼みません」
「…人に剃って貰ったことないのか」
「ないですよ」
あまりに訝しげに言うものだからこちらもまた何を言っているんだろう、と思って返す。
「尾形さん、僕のことなんだと思ってるんです?」
その返答は待たずにお返しに尾形さんのひげは僕が剃りますよ、と言ったらひどく神妙な顔で断られた。
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