それはいつか血に流れては体に溶け込むのだろうか
人間は距離感というものを見紛う生き物だ。それは一人では生きていけないからなのかもしれなかったし、一緒にいた方があたたかいことを知ってしまったからなのかもしれなかった。これがどちらなのかセナには分からない。
結局一体どうしてこんな話になったのか。一体何の方針転換、気まぐれ、その他エトセトラ、言い様は幾らでもあるけれど。目の前にいる捜査官を、一人の男として見ることがあるなんて、思ってもいなかった。だってセナは知っている。彼はセナのことを好きではないし、セナも彼のことを好きではない。それでもセナは女で彼は男で、たったそれだけの話だったのだろうか。
「分からないのよね」
「何が」
「分かっているくせに聞くの」
「プロファイラーは超能力じゃない」
「でも分かっていくせに」
言わせるのは少し、性格が悪いんじゃないの、と笑ってみせてもその鉄仮面は崩せない。
愛の話、とセナは言う。
「みんなどうやってそういうものを手に入れているのかしら。それとも手に入れていると錯覚しているだけ?」
「…社会に身を置くに当たって何かしらから教わるものなのだろう。学習の一つだ」
「誰もそんなこと教えてくれなかったわ。それとも、私に学習能力がないだけ?」
彼は何も言わない。
「教えて、とでも言えば良いの?」
「…キスでもしてみるか?」
「ホッチナー捜査官、まるで口説くのが下手な人みたい」
流石に驚いて、わざと戯けた声を出した。彼の表情は変わらない。鉄仮面。学校の先生みたい。
「今まではそうだった訳じゃあないんでしょう?」
「君のことを口説いているかいないかでいうといないしな」
「確かにそう」
じゃあ、一体、これは何なのだろう。彼は近付いてくる。セナと彼の距離が縮まる。セナは動かないから。
「FBIってこんなことまでするの?」
「こんなことって?」
「犯罪者予備軍の管理」
「そういうつもりで君を訪ねている訳じゃない」
「じゃあどういう訳?」
「どういう訳だろうな」
「FBI捜査官がそんな軽率なことをしてもいいの?」
「これが恋なら俺だって軽率になることはあるさ」
「でも恋じゃない」
するりと彼の手が顎を滑っていって、頬を包み込む。
「誤魔化さないで」
映画のワンシーンみたいに。
セナは見上げる。大きくない瞳を大きく開いて。
「恋だったら余計に誤魔化さないで」
ああ、まるで台詞を書いているみたいだ。セナはただそれを機械的に読み上げている。こんなのは嘘、何もかも嘘。
「私だって分かるわ」
―――此処に愛なんてない。
―――この先にも。
「恋は大変なものでしょう?」
セナの言葉に目を瞑るなよ、と彼は彼は言った。
そうして合わせた唇は以前と同じように面白いくらいに味がしなくて、思わず目を閉じてしまった。
*
image song「ポッピンアパシー」米津玄師
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