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さて、病院側との話はついた。が、僕にとってはそれよりもずっと大変な話し合いが控えているのだった。とは言っても負けることはまったく考えていないのだけれども。僕の辞書に敗北の文字はない訳ではないが、ことに対八雲において僕が負けることは殆どと言ってないだろう。八雲もなかなかに賢いが、どうにも感情的になる部分がある。それは医者と看護婦の違いかもしれないし、もっとほかの要素なのかもしなかった。こういうところは似ていないのだな、と思った。顔はそれなりに似ていると思うのに。
こういう眉間にシワを寄せる癖は一体誰に似たのだろう。父親似のなかなかに美しい顔をしていると思うのに、そのシワが近寄りがたいものにしている気がする。口に出しては言わないけれど。言えば文句が返ってくるのが分かっていて、しかもそれが終わらない類の話題であるのに果敢に挑むほど僕は暇ではないのだ。じっと僕を見つめて―――睨んでいた八雲がようやっと口を開く。
「ついていきます」
やはり、そう来た。
僕は小さく息を吸う。何を言うかは決めてあった。だから迷わない。僕の答えは元から決まっている。
「君を連れて行く気はない」
八雲もまた、それは予測していたようだった。彼女はこれでも僕のことをよく分かっている、のだと思う。だから僕が連れて行く気があったらさっさと声を掛けることを知っている。声が掛からなかったということは即ちその気がないのだと言うことを分かっている。だから、挑んできた。じゃああとはよろしく、と事実上の離別宣言をされるより前に、自分の意志を表明に来た。
「向こうで不足しているのは医者だけだ」
「なら、」
「君も知っていると思うが平時の病院には看護婦は基本、置かれていない」
「それは、」
「君は別に看護婦としてとても優秀とは言えない。此処だから、町医者だからやっていけているだけだ。連れて行ってもお荷物になる」
「それでも、私は看護婦です」
「戦争が起これば君はそう言えるだろう。でも、今は平時だ」
別に温情やコネだけで八雲が此処にいるだなんて思っていない。彼女は彼女でしっかりと資格を持っているし、此処でとても役に立っている。此処で働いていたことはこの先の人生において良い経験になるだろう。きっと彼女の技術の向上を手助けする。…それは、彼女も分かっている。
「再度言う。人手は足りている」
「…伊佐早先生だって、いつも平時の病院にだって看護婦を置くべきだと言っているじゃないですか。事実、この病院は看護婦を置くことで回っている」
「それとこれとは今は関係がない」
僕の、近い未来実現されて欲しいと思っている理想と、今彼女を連れて行くか行かないかは同一線上にないのだ。
「…先生は、」
取り付く島もないと悟ったのか、八雲は唇を噛む。
「今まで、私のことを煩わしく思っていましたか」
「まさか」
まるで永劫の別れのようだった。
「僕は君がいたことで、まるであの日々の続きを見ているようで、楽しかったよ」
それでも僕らには永劫の別れも同義だった。今後僕らの道が交わっても、今まで通りにはいかないだろう。僕らはそれを知っていた。
別れを告げることが出来ることがとても幸福であることもまた、知っていた。
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