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廊下に出ると尾形さんがいた。壁に寄りかかっている姿は最初の不気味な直立不動からは想像出来ないなあ、と思う。まあその直立不動というのを僕は寝ていたものだから殆ど見ていないのだけれど、心境の変化と捉えるべきか、一種の諦観と捉えるべきか。
尾形さんはまるで耳をそばだてるように目を瞑っていた。これは聞かれていたな、と思うけれども別段聞かれてこまる内容を喋っていた訳でもない。僕と八雲のことは此処では公然の秘密だった。知らない人はいない。それは僕たちが所謂若者だったからかもしれないし、此処はある意味閉鎖空間で人の入れ替えがあまりないからかもしれない。そう考えると尾形さんは久々に入ってきた新しい風なのかもしれない。まあ、入ってきたかと言うと微妙だけれど。
僕は行き着くところに行き着いた、と思っているし此処にいられて良かった、と思っている。例え此処が墓場めいていたとしても。尾形さんが目を開ける。その平坦な瞳が僕を捉える。
「連れて行ってやれば良いものを」
案の定尾形さんは隠しもせずそう言った。一応これは聞き耳を立てていたことになると思うので、もう少しくらい悪びれてみても良いと思うのだが。
「アンタが頼めば中尉殿だってそれくらいしてくれるさ」
「尾形さん」
それは思わなかった訳ではない。理由は幾つか上げられた。鶴見さんに借りを作るような真似はしたくないというのも、一つだったのだと思う。
「僕は医者なんですよ」
それでも、僕が選ぶのはこの理由なのだ。
僕は、伊佐早順玲は。
医者なのだ。
「生命を救うために尽力することは望ましいでしょう。そのためには、何が何処に必要であるのか、考える必要がある」
医学の知識、研究、発展、制度、病院の設備―――人手。
「僕が今回鶴見さんの要請に応えたのは確かにそちらには医者が足りないからで、うちには医者が足りているからです。それと同じように、そちらには看護婦が足りていますがうちには看護婦が足りていない」
「足りているも何も、」
「いなくても回っているということは、今のところは足りている、と捉えて良いと思います」
「そいつは詭弁ってやつじゃあないのか」
「そうとも言うと思います」
これが詭弁であることは百も承知だ。それでも此処に人手が足りていないことは明白で、制度の運用だとかそういうものを考えた時に融通が効くのはこっちだ。能力の有効活用が出来るのも、こっちだ。
「この状況で、八雲を引き抜く訳にはいきません」
尾形さんを真っ直ぐ見るようなことはしなかった。
「それでは、救える生命も救えなくなってしまう」
尾形さんは暫く黙っていたが、そうか、とだけ小さく呟いた。
「アンタは、医者なんだな」
「はい」
僕は頷く。
「僕は、医者です」
尾形さんはああ、そうか、ともう一度言った。僕はそれ以上何も言わなかった。
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