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抵抗むなしく抱え上げられ、最終的には此処で絞め落としても良いんだが? なんて脅されたら大人しく連行される他なかった。まあ連行されるだけされてやって尾形さんが帰ったあとに抜け出せば良いと思ったのもあるのだが。
勿論、そんな考えは見通されていたらしく、廃棄ベッドに廃棄毛布を敷き詰めただけのお粗末な寝床に下ろされると尾形さんはその横に椅子を引っ張り出してきた。こちらも廃棄予定のガタガタの椅子だ。
「え…尾形さん暇なんですか…」
「暇じゃあない」
「じゃあ何で居座る気満々なんですか…」
「アンタが寝ないと思ったからだ」
上体を起こして座ったままでいれば、額の辺りをぐいと押された。それを跳ね除けて唸る。流石の尾形さんも呆れたような顔をした。
「寝ろと言われただろう」
「じゃあ尾形さんはこんなホルマリンだらけの場所で眠れるんですか?」
「此処しかないんだろ」
まあ、場所に関しては理由に過ぎない。寝なければ仕事が出来るし、今すぐ寝なければまずいほどではないからこそ起きていたのだ。他の人にこれを強要するようなことはしないけれど(だって処置中に寝られたら迷惑だ)、僕は出来るのだから寝なくても許されるはずだ。
尚も言い募ろうとした僕に苛立ったのか、尾形さんが目を少し細める。
「落としてやろうか」
「それはご遠慮願いたいです」
「じゃあ、」
「いや、まだ患者さんいるんで」
「…アンタ、本当に寝ないつもりなのか」
そうですよ、と言うより先に尾形さんが続きを放つ。
「それとも―――」
それとも?
「添い寝がして欲しくて駄々をこねているのか?」
「は?」
とん、と尾形さんがベッドの上に手をつく。ぎ、と嫌な音がした。これはもう壊れているからこそこの倉庫に放り込まれていたものだ。二人分も体重が掛かったら今すぐご臨終するんじゃないのか。ぐっと距離が近付く。身体もそうだが、顔と顔が近い。思わず距離を取ろうとして反ると、思いの外腹に力が入らなくてそのまま倒れた。まさかそんなことになるとは思っていなかった僕はえ、と素の声を漏らす。尾形さんはそんなことなどお構いなく乗り上げてくる。
「アンタ、自分の言ったこと忘れたのか」
いや待て、乗り上げてくる?
「それとも、ただの冗談だったか? 俺には冗談に聞こえなかったんだがな」
「は―――ま、ちょっと待ってください」
何やってるんだ、この人。思考が一瞬戻ってきたような気がしたけれどもすぐにすっ飛んでいった。だめだ、確かに僕は疲れている。認めよう。寝た方が良い。それも認めよう。ホルマリンと添い寝、まあ嫌だが妥協しよう。でも尾形さん、尾形さんが可笑しなことを言っていることには間違いがない! そう、間違いがない! でも今の僕には真面な思考回路すらない訳で、この窮地をどう乗り切ったら良いのか分からない。そうしている間にも尾形さんの手が腰の辺りに伸びてくるので慌てて止める。素直に止まってくれたところを見るとそこまで本気で強引にことに及ぼうとしている訳ではなさそうだが、それを差し引いても疲労分で出来ている差がひどい。この人は僕を休ませたいのか休ませたくないのか。
僕の、止めるために尾形さんの手を掴んでいた手は、まるで最初からそうするためだったようにするり、と指の一本一本をなぞられていく。指先から指の股まで、順番に。にやにやと楽しそうだ。正直知り合ってから一番楽しそうにすら見える。いろいろ言いたいことはあるが、何もこんな時にそんな楽しそうにしてみせなくても。とりあえず何か言わなければならない。この遊びに付き合っていたら身が持たない。
「あの、尾形さん! その、………僕、疲れてるんで…」
「疲れているからと言って勃たん訳じゃあないだろう」
てっきり疲れているから添い寝するんだろう? などと躱されると思っていたので奇をてらわない直接的な言葉に面食らう。誤魔化されなかった分対応が見つかるかと思ったが残念、そういうこともない。というか逆に逃げ場を狭められたような気がする。
「いや、あの、そのッ」
「どうした? 伊佐早先生」
手が口元に持っていかれる。尾形さんの息を感じる。
「自分の口で言わんと分からんぞ」
尾形さんの口が開かれるのを呆然と見ていた僕はすんでのところで理性を引き寄せた。ついでに自分の手も取り戻す。思いの外簡単に戻ってきた。そのまま毛布を掴むと尾形さんに背を向けるようにして丸まる。
「すみません! 寝ます! 自分で寝ますので!!」
叫んだものの、これで合っているのか分からない。これで良いのか? この状態で逃げるように眠りに落ちたところで、寝ている間に取り返しのつかないようなことになったりはしないか? 具体的には乗っかられたり。いや流石にそんなことになったら起きるし寝てなんかいられないし、そもそも尾形さんにそこまでする理由がないとは思うのだが、先程の顔があまりにも楽しそうすぎたのと僕の思考回路が現在真面でないのとで不安になる。
尾形さんはそうか、と呟いた。
「センセーが寝るなら、椅子に戻るか」
「そうしてください…」
どうやら引き下がってくれるらしい。そのまま音がしてガタガタの椅子に座ったのが分かった。ていうか今やばい音がしたような気がする。もうあの椅子は今日で天寿を全うするのかもしれない。いやそんなことより何故尾形さんはこんな行動に出たのだろう。以前そういう話はしたし、尾形さんは記憶力の悪い方ではないので僕がつまるところ抱く方が良いのだと言ったことも覚えているだろうし、その辺りから導き出すと尾形さんが抱かれる側になるのであるが、いやそういえば抱く趣味はないとは言っていたがもう一方については言及されてはいない、いやしかし、と目を瞑ってぐるぐる考えていると、尾形さんが何でもないようにまた呟いた。呆れの混じった声で。
「抜いた方が良いと思うがね」
「もう黙っててもらえますか!?」
半ば怒鳴るように叫んで、僕は今度こそ眠ることに集中し、ものの一秒で眠りに落ちたのだった。
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