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新仮眠室事件(事件である!)のあと、尾形さんはやたらと距離を詰めてくるようになった。どうやら僕の反応を探っては何やら考えているらしく、これは久々に面倒なひとを好きになってしまったな、とため息を吐いた。ひとをおちょくってくるようなひとのことなんてさっさと嫌いになれたら良いのだけれど、残念ながら恋というものはそんなに単純に出来ておらず、一喜一憂してしまうのが現実だ。
ちなみにあのあと、僕はきっかり一時間で目覚めて仕事に戻るつもりだったのだが、尾形さんの監視により三時間も寝る羽目になってしまった。それ以上は流石に治療に滞りが出そうなので勘弁してもらったが。脅迫という名の説得をして新仮眠室を抜け出して来た。気迫で尾形さんに勝てる最初で最後だった気もするが、まあもう良いだろう。ちょうど他の先生も呼びに来てくれたのもあって、僕はこれ幸いと逃げ出したのだった。仕事に逃げ出すってちょっと変な気もするが、まあそうだったのだから仕方ない。
尾形さんの動向に、僕だって何も考えていない訳ではなかった。何か理由があってこういうことをしているのだ。それがどんなに小さなものだろうと、切欠くらいはあったはずだ。切欠は、まあ、僕が尾形さんのことを好きだと言ったことだろうが、やはり、理由が分からない。何か目的があるような気がする。何かを精査されているような。
とは言ってもそんな気がしているところで証拠はないし、別に害が…あると言えばあるのだが、まあそこまで気にすることもないだろう。それこそ強引にことに及ぼうとされたりしない限りは、放っておいても良さそうだ。この間は完全なる不意打ちだったが、来ると分かっていれば僕だって対策のしようはある。そもそも生娘でもあるまいし、近付かれたくらいで面白みのある反応が出来る訳もない。一度やってみたものの流石にわざとらしさが過ぎたのか真顔でそういうのは良いと言われてしまった。ならば何が望みなのだ。
そんな遣り取りをそれこそひと目もはばからず尾形さんはやっていたので、流石に虚児院長に呼び出されて怒られていた。それを見て僕はいい気味だ、と正直に言葉にしたのだった。
「伊佐早先生も大変ですねえ」
同僚は言う。
「…まあ、否定はしません」
「そういえば、あの兵隊さんはご友人なんですか?」
なんだか既視感。ついこの間も同じことを聞かれたような気がする。
「友人、ではないですねえ」
「あれ、違うんですか」
「僕も何でこうなっているのか…」
「懐かれるようなことでもしたんですか?」
「いえ…それが全く心当たりがなくて」
本当にない。本当にないのだ。
元々本当かどうかも分からない護衛から始まって、多分それは監視で、その延長線上に僕を此処へと引き抜くというのがあった。それは、なんとなく、分かる。重要でもなんでもない、もう切り札にはなり得ないものを僕は持っていて、恐らく尾形さん―――この場合は鶴見さんと言った方が良いのだろうか、それを、知っているというのは、なんとなく、分かっていた。この辺りのことは、僕のことを知っている虚児院長も知っていて、だから謝罪において同席を許されなかったのだと思うけれど。虚児院長には悪いけれど、形而上の保護者のような皆巻先生がさっさと送り出した時点で、この問題は殆ど無視して良い話なのである。
証拠など、何処にもない。
ただの、神話のような話。
それを掴んだつもりになっている尾形さんは、尾形さんたちは、とても夢のある人たちなのだろうな、と僕はぼんやりと思ったのだ。
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