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 そんな尾形さんが今日は来ないですね、と同僚に話し掛けられて確かにいない、と気付いた日のことだった。もう僕が帰ろうとしたところで連絡が入った。
「伊佐早先生まだ残ってる!?」
「え、あ、はい。いますが」
「良かった! 帰ってたら追い掛けさせるところだった」
どうやら帰れないらしい。
「急患ですか」
「うん」
 指示が飛ぶ。その中で簡潔に伝えられる。
「兵士が一人重傷だから今すぐ開けろってさ」
この時間に重傷者とは。一体何があったのだろう。一人、となるとまた想像がつかない。
「伊佐早先生骨折とかの処置出来るよね」
「一応出来ますが、最近やってないですよ」
「顎がやばいって」
「やばいって何ですか医者でしょうもっと専門用語で」
ガタガタと用意をしながら伝え聞いたことをまとめる。まとめると言っても結局この先生も伝令の兵士からのまた聞きなのだ。結局顎がやばいというか砕けていることくらいしか分からなかった。あと、この冬の川に落ちて体温低下を起こしていることと、頭部に傷があること、腕も折れていること、兎に角満身創痍らしい。僕にあと関係あるのは腕くらいだろうか。多分任されるだろうし。
 そうして、運ばれて来た毛布にくるまった人間を見て、
「尾形さん」
思わず言葉が溢れた。
 その言葉でその場にいた誰もがこのぐるぐる巻きの人間が尾形さんであることに気付いた。さっと寄ってこられる。
「伊佐早先生、大丈夫ですか?」
「え、何ですか?」
「だって、この兵隊さん、ご友人でしょう」
「あー…」
もう訂正するのも面倒だった。あれもこれも人にちょっかい出して楽しんでいる尾形さんが悪い。
「うーん、別に僕、そういうの気にしないので…」
「ほんとですか!?」
「すごい…! 医者の鏡ですね!」
「でも、無理しないでくださいね」
あたたかい声に、嘘を吐いた訳でもないのに少し心苦しくなった。
 そうして特に感慨もなく尾形さんと向き合った僕だったが、こりゃあひどい。よく死ななかったものだ。顎はまあ砕けているものの重傷なのはそっちではない。この時期に川に落ちたことによる低体温症、再度言うが、本当によく死ななかったものだ。寧ろ図太さすら感じる。そう思ったら呆れすら浮かんで来た。
 そんな複雑な感情を抱えながら顎の手術をした。どうしても切開を必要とする怪我だったので傷跡は残ってしまうだろうが、まあ結構きれいに縫えたと思う。腕の方は何だかきれいに折れているので固定するだけで良いだろう。どうやって折れたのやら。癒合した暁には今よりもっと強くなっていることだろう。
「伊佐早終わりました」
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
「報告書書いて来ますねー」
「はーい」
そんな会話を交わしながら僕は処置室から出る。
 人間の生命がどうとか、そういうことは此処では当たり前のこと、日常茶飯事だった。

 尾形さんの主治医は白栖(しらす)先生になった。僕は僕で別件の患者さんを抱えていたし、知り合いの担当にはなるべきではない。尾形さんは眠っている。滾々と、この身体の奥底から生命力をかき集めるかのように。
「早く目覚めないと、殺し損ねちゃいますよ」
囁いた言葉には、当然のように返事はなかった。


















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