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それから数日も経たないうちのことだった。
僕は資料を読んでいた。そこにバーン! と音を立てて部屋に入ってきたのは岩師(いわし)先生である。元々騒々しい人だが今日は一段と騒々しい。
その岩師先生が一体休憩室に何の用事だろう。岩師先生は部屋をぐるっと見回すと、こちらを見てぱあっと顔を輝かせると走ってきた。どうやら僕に用事があるらしい。
「先生! 尾形さんが目を覚ましました」
それは随分早い。まあ一時的なものだろうが。
「分かった。鶴見さんのところへ遣いをやるか…いや、今の時間なら誰か兵隊さんが残っているかな。起きたこと伝えて」
「はい!」
岩師先生は元気よく返事をして、それからまた走っていった。あんまり廊下を走ると怒られるんじゃないか、と思って読んでいた資料に戻る。紙を三、四枚めくったところでやっとあれ、と思った。今なんで岩師先生は僕に伝えに来たのだろう。
まあいいや、と思って資料に戻る。なかなか興味深い資料だ。これに関連した最新論文も出ているみたいだし、これは向こうに渡っている知人に手紙でもしたためて送ってもらうべきか。そんなことを考えながら読み進めていると伝令が終わったのか、岩師先生が戻ってきた。また部屋が騒がしくなる。
「あれ、伊佐早先生なんでまだ此処にいるんですか!?」
「え、この資料読んでるからだけど…」
「尾形さん目覚めたんですよ?」
「うん、聞いたよ? 主治医の白栖先生はもう行ったよ。走っていくのが見えた」
この部屋から別棟の廊下はよく見えるんだ、と言うとそうじゃないですよ! と返された。はて、と思う。岩師先生は何を言いたいのだろう。
「ええと、その、だって、」
歯切れが悪い。
「伊佐早先生と尾形さんは…その、ええと…」
岩師先生は暫く言葉に迷っていたようだった。
「お知り合い、です、よね?」
お知り合い。
ぴんとは来ないがまあそうだ。それに頷いて、やっと僕は岩師先生の言いたいことに思い当たる。
「あ、見舞い」
「それです!!」
当たっていたらしい。なるほど知り合いと思っていれば見舞いをすすめるのも当たり前かもしれない。まあ、どっちにしろ骨折の経過は見に行かないといけないし、見舞いと言われても、という気もする。
「行かないんですか?」
岩師先生の目はきらきらしている。
「いやあ、そのうち行くよ。でも今はこれ面白いから…」
流石大きな病院だ、なかなかに珍しい症例の報告書が読めるなんて。こういうことをするために僕は此処へ来たのだ。盗めるうちに盗んでおかなければ。あの病院に戻る日が来るとはあまり思っていなかったけれど、成長出来る好機は逃せない。
が、岩師先生にそんな僕の熱意は伝わらなかったらしい。えええ、と奇声を上げたかと思うと岩師先生は僕の腕を取った。掴んだ、でないところが岩師先生かもしれない。
「そんなこと言ってないで! ほら先生!」
「ええ…いや…」
「先生! 立って!」
「ええ…」
揺れる。
「何やってんの岩師先生」
部屋に入ってきたのは尾幌(おぼろ)先生だった。尾幌先生は岩師先生が手を取っているのが僕であると分かると、あれ、と言った。
「伊佐早先生。尾形さん目覚めてましたよ」
「え、尾幌先生までそれ言います?」
僕今これ読んでるんですよ、と僕だって抵抗する。最後まで読んでしまいたい。
「何読んでるんですか?」
「この間院長が持ってきたやつです」
「あー…それは仕方ないですね、面白かったですし。岩師先生も読んだら良いと思いますよ」
「ええー! 尾幌先生まで!」
敗けを悟った岩師先生は読みますよ! 読みますけどね!? と言いながら僕の手を離した。じゃあ僕が先に行って来ますからね! とよく分からないことを言われたので、いってらっしゃい、と送り出したのだった。
資料を読み終わったので病室を訪ねる。兵隊さんが一人、外にいるだけ。会釈をして入る。
僕が資料を読んでいる間に尾形さんは再び意識を失ったようだった。まあそうだろうと思う。死にかけたのだ。本当にギリギリだった。
「よく生きてましたね」
僕の声は、思っていたよりも普通のものだった。重ならない。尾形さんは、違う、人、だ。しかし、それにしたってきれいに縫合出来たと思う。自画自賛だ。骨の位置もなかなか上手に治せたと思う。あとは癒合を待つだけだ。専門でないのによくやったと思う。
僕の指先は傷口に触れようとして、消毒をしていないことを思い出して、やめた。
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