ざまぁみろよ偶像崇拝者


 ゴポゴポとした音だけが世界に満ちている。私の視界に映るのは屈折した光と小さな泡だけ。ベールのように全身を包む優しくて冷たい水が心地良かった……あーあ、ずっとこのまま生きていけたら何も苦しいことなんてないのに。
 ゆっくり瞼を閉じて、そしてまた開くと……私の長い睫毛が水をなぜてはまた新たな泡を生み出す。
 その丸い粒の中に、私は二週間前の幻影を見てしまった。

 *

「行方不明者『四十万静姫』」
「……」

 静姫の誕生日、六平家に訪問した柴が新聞を読み上げる……彼女を行方不明者として手配書を配っている存在は凍霞家しかない。
 二年以上もの期間、彼女を探し続けていたしつこい奴らではあるが、とうとう諦めがついたのだろうか?
 いや、柴は静姫のことが心配でここへ来たと言っていた。もしも手配書が撤廃されたのなら、安心するものであるはず。では、彼が心配するものとは一体。
 背筋に緊張が走り、つつと米神から汗を流れさせる静姫は柴の言葉の続きを待った。

「捜索から973日目の本日をもって、身柄の確保に成功」
「……は?」

 呆気に取られる静姫を一瞥した柴だが、そのまま新聞を読み上げ続けた。

「捕らえたのは手配書の差出人である凍霞涼花本人」
「は、は……?」
「捜索対象者である四十万静姫は発見当初激しく抵抗。結果、生け捕りには失敗」
「あの、ちょ、ちょっと」
「遺体は加工を施し保管。以降、凍霞涼花所有のビスクドールに__」
「ちょっと待ってって!」
「……」

 静姫が畳にしがみつきながら叫ぶ。そんな彼女に柴は漸く、新聞を読み上げるのをやめ……それを閉じた。もう続きを読む必要はない、と判断したのだろう。

「……ど、どういう、なんで」
「その反応は尤もやけれども……落ち着きや」
「だって、だって、私はここに」

 静姫がワタワタと自分を指差しながら、しどろもどろに言葉を繋げる……彼女の混乱は至極当然のことだ。
 何故なら、静姫は凍霞家に捕らえられてなどいない。凍霞涼花にはあの日以降、会ってすらいない。死んでもいない。
 彼女は今も尚、この六平家で元気に、綺麗な酸素を吸って生きている。

「も、もしかして、凍霞涼花は私の居場所、この六平家を突き止めて……!?」

 柴は心配をして静姫に会いに来た、と言っていた。柴が心配するような事態……それは四十万静姫及び六平親子の所在が外部漏れてしまったことなのではなかろうか、と彼女は顔を青くさせる。
 しかし、柴は無言のまま首を振った。
 
「もしも居処がバレとったら、こんな回りくどい事せんと、凍霞涼花の『降魔』で幾千の人形軍隊使うて押し寄せてるはずやろ。結界に対して襲撃目的の妖術なんて異常事態、即時俺に分かるようになっとる……シズちゃんみたいなイレギュラーがない限りな」
「じゃあ、尚更何で……」
「言うたやろ、シズちゃんはイレギュラーやって」

 妖術の知識がなかった頃から、無意識のままにこの結界を難なくすり抜けることが出来る静姫。そんな彼女の動向を柴が感知することは叶わない。
 だからこそ、六平国重に静姫の監視役を担って貰っているのだ。

「そんなシズちゃんが凍霞家に捕まった、なんて聞いたもんやから……柴さんは肝が冷えたで……」
「え……?いや、でも、私が結界の外に出ていたとしたら、流石に国重さんは即刻柴さんに報告するでしょう?」
「おん。でも、そんな報告は一切なかった……つまり、これは凍霞家が意図的に流したデマっちゅうことや。それが分かっていたとしても心配くらいはするやろ。だから来たんや、今日」
「……そう、ですか?」

 なるほど、と静姫は柴の急な来訪について納得した……だが、少々腑に落ちない点はある。
 アングラに精通している上流階級の流したデマなど、きっとのこ世界には溢れるほどあるだろう。確かに、それが静姫の話題だったとすれば少しは彼女の身を案じたりはするだろうが、それも国重へ確認を取れば済むはずだ。
 そもそも、柴は今日誰かと会う約束があった、とも話していた。事情が変わって別日になったと言っていたが、おそらく今回の号外が理由なのだろう。もしも、相手側の都合だったとしたら、話はそれまでだが……柴側の都合だったとするならば、それ以外考えられない。
 誰かとの約束を蹴ってまで優先する別の用があったとして、それに重なり今回の号外を目にした直後……静姫の元までわざわざ会いに来た、というの少々不自然な話だ。
 そして、国重に聞けば済む話であるのに、静姫の無事をきちんと彼の目で確認しなければならぬ理由とは一体何なのだろうか?

「柴さん、まだ何か……」
「『隠してませんか?』ってか?」
「!」

 柴は頭をわしわしと掻きながら静姫の続く言葉を先に口にした。
 声を遮られたことに静姫は目を丸くするが、彼はそんな彼女を見て「何が不思議、やねん」と呆れている。

「こんだけシズちゃんの勘の鋭さ、バスバスぶっ刺されてきた柴さんやで?予想ぐらいつくわ」
「大人が隠しておきたい事実を私が突っ込んで暴こうとすることをですか?」
「……ソーイウトコデース」
「それを言うなら『そういう事です』では?」
「いえ、そういう所です」
「……ちっ」
「舌打ちすな」

 柴は白々〜とした視線を静姫を向け、彼女に嫌味を放つ。
 口に戸を立て隠しておくべき事を、シャイニングよろしく斧で戸をぶち破り「Here’s Johnny!」していく静姫……『人の口に戸は立てられぬ』ってそういう意味ではないんですけれど?

「で、何を隠しているんですか?」
「……教えまへん」
「は?」
「言いたないから隠しておきたいことなんや。シズちゃんは知らんでもええことやから言わん」
「それはナシでしょ」
「知らん知らん」

 柴は隠しておきたいことは話さずに「これからのことやけども……」と別の話を続ける様子だった。しかし、それで大人しく引き退る静姫ではない。

「あー、そういうことするんですね分かりました。そういうことならこっちにもこっちで考えがあるんですよコラァ」
「……あかん。その目、シズちゃんが俺に似てきおった。薊にどつかれてまう死んでまう」
「それなら薊さんに口封じされる前に私はこうします」

 静姫はその場で手拍子を力強く叩く。しかし、音は鳴らなかった。
 だが……。

 パァンッ!

「なっ!?」

 ほんの数秒遅れて響く破裂音……静姫は妖術により、自身の手から発生させた音を溜め込み、振動を増幅させては彼の手を弾かせたのだ。
 静姫の狙いは柴の持っていた本日の号外。それが彼の手元から宙へと舞う。

「おのれ、このっ!」
「いただき」

 これがただ宙へと放らされただけならば、柴は静姫の手に渡る前に新聞を取り戻すことが出来ただろう。あるいは、彼女の首根っこを掴み彼女の行動自体を封じ込めたか。
 しかし、静姫はご丁寧に自分と新聞に『薄氷』までかけているため、柴はその両方への認識が阻害されてしまっていた。
 よって、その二つの行動が彼には困難なものになっている。
 一つの妖術で二つの効果を併用。極めて高度な複合技である……お前、その、それいつの間にそれ習得したん。弟子が立派に育って柴さん感心やわぁ畜生め。
 もちろん、静姫の実力はまだまだ柴の足元にも及ばない。
 だが、これはただの戦闘と違う。それ故か、柴は完全に油断していたのだ。それに柴が彼女に対して引け目も感じていたことも、彼の隙をつくことに成功した要因であろう。
 しかし、静姫はそれを見逃すほど甘くはない……それが凍霞家に関係する事情なら尚のことである。
 柴の耳に、ばさっ!と新聞を広げる音が入った時には、もう遅かった。

「あっ!おいッ!」
「製作者、凍霞涼花……『天使の模像人形』の全体、写真……?」
「見たらアカンッ!」
「あっ……」
 
 柴は力強く静姫から新聞を取り上げる……その動作はあまりにも粗かった。もしも静姫がレザーグローブを身につけていなかったら、彼女はその新聞で手を切っていたかもしれない。
 しかし、それは無理もないだろう。何故ならその新聞に掲載されている写真は、あの柴登吾からであったとしても、一切の余裕も残さず刈り取ってしまうほどの……悍ましい代物だったのだから。

「……あ、れは」
 
 静姫の目に一瞬だけ映ったそれは、一体の美しいビスクドールであった。
 しかし、その姿はまるで……。

「……私?」

 四十万静姫によく似た髪色。
 四十万静姫によく似た肌色。
 四十万静姫によく似た輪郭。
 四十万静姫によく似た胴体。
 四十万静姫によく似た首。
 四十万静姫によく似た腕。
 四十万静姫によく似た脚。
 四十万静姫によく似た瞳。

 そのビスクドールは、どの部位を切り取っても……静姫にとても、とてもよく似た人形だったのだ。

「何で、私……?いや、違う、だって」
「シズちゃ、」
「話しかけな、いっで……」
「っ」

 あのビスクドールは静姫によく似ていたものの、違う点が三つあった。
 まず、一つ目。これが一番の違和感である。それはあのビスクドールに柔らかそうな翼が生えていたことだ。彼女の髪色によく似た藍色の……人間にはあるはずのない、まさに天使のような翼が。
 二つ目はあのビスクドールは現在の静姫より、随分と背が低かったこと。それこそ、彼女が十歳の頃と同じくらいの……低い背丈に短い手足と、未発達であり肉付きも乏しく丸い腹。まさに幼子のような姿。
 そして、三つ目……静姫はスゥ、と自身の首筋を弱々しく撫でた。

「首の、ほくろ……」

 静姫の首にはないはずのほくろが、そこにはあった。
 自分と似た姿に、自分にはないはずのほくろ。
 しかし、静姫には……静姫にだけは、その首筋と全く同じ場所にほくろがある、一人の女性に心当たりがあった。
 その女性とは。

「お母、さん……?」

 四十万紗凪……彼女の母親であった。

「シズちゃん……」
「……や、ちょっと待って」
 
 いいや、まさか……そんなはずはない。
 何故なら、紗凪の身長はあれほど低くなどない。彼女が静姫を産んだのは、確か十六歳の頃だったと聞いている。
 そして、静姫は今日で十三歳になった。紗凪が生きていたとするなら、彼女はもう二十九歳だ。
 もちろん、その年齢でも十歳ほどの体型である人間だっているだろう。ありえないことではない。
 しかし、紗凪は決してそんな子供のような体格ではなかったはずだ。欲に濡れた卑しい雄たちがよく好むような……豊満な肉付きをした、大変ご立派な身体をした大人の女であった。

「もう、一度見せてください」
「……せやけど」
「いいから、ねえ、早く」
「……」

 柴は暫く沈黙していたが……悲痛に懇願するような静姫の様子に観念したようで、無言のままそれを彼女に渡した。
 静姫は再度、その写真を極寒のように冷えた視線で、されども瞬きをも忘れたように凝視する。それはもう、穴が空くほどにだ。

「この天使様は、綺麗だね。本当に……この世に二人といないだろうってくらいの美貌を持つ、そんな私にすごく似ていて……」
 
 もう一度目にしたその『天使の模像人形』とやらは、本当に……それはそれは美しかった。
 骨でも削られたかのように細い肩から伸びる滑らかな手足や指……それらは全て球体関節で繋がっており、胴体は余計な肉が削ぎ落とされ随分と慎ましくなだらかなもの。
 全体的に幼子のような愛らしさを醸し出しつつも、首筋のほくろと人外的な藍色の翼はそれと相反するように蠱惑的で……そのアンバランスさが余計にビスクドールの美しさを引き立てているかのようだった。
 嗚呼、こんなもの一目で分かる。これは誰かの穢らわしい手の介入がなければ再現ができないものなのだろうな、ということが……そして、その素体となってしまった人間は、きっと。
 静姫は新聞を、わなわなと震える手でぐちゃりと無残に歪ませてしまう。
 同じように、写真も歪んでしまったが……それでもこの女性の美しさは損なわれることなどなかった。

「そんな存在が……」

 そんな。
 この世界の誰よりも美しく。
 この世界で誰よりも四十万静姫によく似ている……絶対に四十万静姫ではないその女性が。

「あの人以外に、いるわけねぇだろ」

 静姫の声というものは年頃の少女のようにキャピキャピと高く、それでいて甘みのある潤いを覚えるようなを可愛らしいものである。
 しかし、怨念をふんだんに込めたそれは……彼女の喉から発せられたものとは思えないほど、地獄の底から這いずり出たように低く無残なほどに枯れて渇ききった声だった。

「……ごめんな、シズちゃん」

 柴がその写真を始めた見た時、本気で写真の人物が静姫だと錯覚した。何故なら、そのビスクドールは他人の目から見ても本当に十歳当時の静姫によく似ていたのだから。
 だが、瞬時にそのビスクドールの『素材』となった人物の正体である可能性が最も高い人物が静姫以外にいることにも気付いた。それこそ、静姫本人よりもずっとずっと可能性が高い……数年前に、既に凍霞家の手に堕ちたその人。
 その仮定がこのような形で静姫に気づかれてしまうかも、と考えなかったわけではない。それでも、柴はこの目でちゃんと確かめなければならなかった。
 何故なら、その人物を柴は話したことも、会ったことも、見たことさえない。静姫の口から『四十万静姫によく似ている女性』という情報しか知らなかったのだから。
 そうして、六平家に来た柴は変わらす平和にチヒロと戯れる四十万静姫本人の姿を確認できた。
 静姫には悪いが……彼は、その姿を見て心の底から安心してしまったのだ。
 しかし、同時にそれは写真の人物が誰であるのか、確定させてしまうものでもあった。

「ほんまに、よりによって誕生日に」
「……」
「こないな、最悪な誕生日プレゼント、持ってきてもて……」

 振り返らずとも静姫には分かった。柴の表情が彼女の身を案じる、酷く悲痛なものになっているということを。

「……謝らなくたって、大丈夫ですよ」

 静姫はそう言いながら、しわくちゃになった新聞の皺を丁寧に伸ばしながらそう言った。
 そうだ。柴が謝る必要は何処にもない。柴は何一つ悪くない。こんな写真を見た後に、直接静姫本人の安否を確認するな、という方が無理な話だ。
 それに柴は隠そうとした。静姫にとってこれは、知るべきであると同時に……知らずに済むのならそれが一番良かった非情な事実だったのだから。
 それを無理やり暴いたのは静姫本人だ。彼女はいつだってそう……その危険性を察せないほどに考えが及ばないわけじゃないのに、それでもパンドラの箱を無遠慮にこじ開けるような愚かな存在。
 柴は悪くない……悪いのはいつだって、静姫だ。

「はい、柴さん。無理やり取ってすみませんでした」

 少しだけくしゃくしゃになってしまった新聞をゆっくり折りたたんだ静姫は、柴の方へと振り返りそれを彼へと差し出す。

「シズちゃ、ん?」

 柴は、信じられないものを見た。

「……ありがとう、柴さん」

 彼を見上げる静姫の表情。
 それは今まで見たこともないほどに。
 そう、それこそ心の底からの……。

「最高の、誕生日プレゼントでしたよ!」

 満面の笑みであった。

 *

「シズッ!!」

 気でも触れたのかと思われるような静姫の行動。
 水没したまま少量の泡をこぽこぽと浮かばせるだけで、肝心の本人は一向に水面から顔を現す様子が見られない。まさか、このまま入水自殺でも目論んでいるのか、と柴は顔を青くした。
 チヒロは知らないことだが、彼女は以前に「幸福が希死念慮に勝てると思いますか?」などと言う破滅的な発言をしている。
 確定的な母親の末路を目の当たりにした静姫の胸中……柴にはその絶望の深さなど計り知れないものだろう。それでも、その心の穴を埋めるにはまだ時間が足らな過ぎることくらい、想像には難しくなかった。
 まだほんの二週間しか経っていないのに……いいや、きっと一生の時間をかけても、その心の穴を埋めることはできないのだろう。
 何故なら、静姫は最初に言っていた。四十万紗凪を失った穴は、四十万紗凪本人でしか埋めることが出来ない、と。
 そして、その四十万紗凪はもう……。

「あんのアホ弟子ッ!」

 だからといって。
 それは、このまま静姫の命を絶たせていい理由になどなりはしない。
 もしも彼女がこのまま死ぬというのなら、この腕が千切れようともその腕を引っ張って引きずり上げてやらねばならないのだ。
 柴は即座に妖術を駆使し、静姫が沈んだあたりまで飛び込み、必死の形相で上から水面を覗き込んだ。

「おい、静姫ッ……?」

 違和感、があった。
 ここは川の中心部とも言える場所だ。深さもそこそこあるだろう。
 だというのにも関わらず。

「なんや、浅……?」

 そう、やけに浅いのだ。きっと、腿ぐらいまでは余裕で浸かると柴は踏んでいたのだが、その水面は彼の脹脛あたりまでしか濡らしていない。
 それに、川の流れも明らかにおかしかった。上流から下流方面までゆっくり流れていくはずの水が、ブルブルと震えては沸騰するお湯のようにバシャバシャと荒立ち始めていたのだ。
 とある嫌な予感が柴の脳裏によぎると同時に、彼は確かに見た。
 向けられていたのだ。水底に沈んだままの、静姫のニコォーーー……とした嫌ぁな笑みが、彼女の真上にいた、自分へと。
 ちょ、待てっ静姫、お前まさかっ!と焦燥に駆られた柴が立ち退こうとした、その瞬間。
 
 __バッシャァアアーーーーーーンッ!

「グボォオッ!」
「キャハハハハハハハッ!」

 チヒロは……それを土手から眺めていることしか出来なかった。
 まるで龍のような水柱が高く……それはもう本当に天高く立ち上り、柴がその水の塊に飲まれたのを。
 そして全身を濡らした人魚のように美しい少女が、なんかもう馬鹿みたいに大笑いしている姿を。
 凄いなぁ。シズの妖術ってあんなことも出来るんだなぁ。
 あっ虹まである。綺麗だなぁ。

「オェッ!オボェッ!テメッこの!クソガキッ!」
「あーはっはっはっは!引っ掛かってやーんのぉッ!」
「ちょっまじ、おもっくそ、鼻っ鼻に水ッ!オェエエッ!」
「あはっちょッく、くるしッ……顔ヤバッ!ゲホッゴホッ!」
「なんっでお前も苦しむねん!いや、違っ……なんでこんなことしてんねや!おぉ!?」
「なんっで心当たりないんですかぁ!?」
「ァアッ!?覚えなんてあるかい!ぶん殴ったこと以外にぃッ!」
「それしかねえだろこのパツキンゴリラッ!あっはっは!ざまぁみろ!」

 そして、頭上の綺麗な虹になど気付かぬまま、その麓でギャイギャイと騒ぎまくる師弟のなんと醜いことか。
 チヒロは心配して損した、と土手に腰を下ろす。

「ざまぁみろ!」
 
 静姫は未だ大笑いを続け柴に向かって「ざまぁみろ」と叫び続けている。

「ざまぁみろッざまぁみろ!」
「……?」

 喉が張り裂けるてしまうのではないか、と思われるほどに大声で叫び散らす静姫。
 そんな彼女は堪らないとでも言うように今度はバシャバシャと浅瀬の方まで戻ってきた……かと思えば、そのままぐりんぐりんッと体を捻りながら川の中心へと戻ったりと走り回り続けた。

「シズ……?」
「……おい?どしてん、シズちゃ」
「ざまぁみろッざまぁみろ!ざまぁみろッ!!」

 悪戯が成功したことを喜ぶにしては、異常なほどの舞い上がり方だった。まるで、何かに取り憑かれて踊り狂っているような……。
 チヒロは先程降ろしたばかりの腰を上げて、浅瀬の方までチャプチャプと進んではそこで足を止めた。柴も異常なほどに狂気乱舞し「ざまぁみろ」と叫び続ける静姫に対して怪訝な表情をしていた。

「あーあ!ざまぁみろッ!」
 
 それでも、二人は静姫に近づけずにいる。
 何故なら……。

「アイツッ!アハッハハッハッ!ざまぁみろ!」

 どこか恐ろしかったのだ。

「アイツはッ!もう二度と!一生!永遠に!本物の形も忘れて!」
 
 盛大に水飛沫を撒き散らす、彼女の表情が。
 これ以上ないくらいに……。
 最早、薄寒さを覚えるほどに……。

「偶像しか愛せない道を自ら選んだ!」
 
 満面の笑みだったのだから。