あの娘が欲しいの華一匁


「絶対絶対変なことしないでくださいよ!?」
「するわけないじゃない」
「いーや!するわけある人です沙華さんは!」
「いいからちゃっちゃと片しておきなさいよ」

 あんなにも朗らかな笑顔で『監禁』というワードを口にした沙華。
 勿論チヒロは断固として許す気はなかったし、静姫も嫌な予感しかしなかったため即座に断った……だというのに、静姫は現在離れの部屋に監禁されてしまっている。
 何故だ。廊下をつたい反響する二人の声を聞きながらチヒロは考える人のポーズを取ってしまう……いや、正確には何故か、というのは分かっている。

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『わざわざ離れに移る必要ないでしょ!荷造りったって、元々私持ってきたもの少ないし!羅幻が作った服だって今ここで選べば……』
『荷造りが終わったら離れに保管してるアルバム見ててもいいのよ?』
『ひとんちのアルバムを一人でもくもくと眺める時間、イズ、何?絶対感情が虚無にしかならな』
『確かあのアルバムには、若い頃の六平とおくるみ倅くんの写真もあったはず』
『ありったけのォ!ゆぅめをォオオ!かきあっつめェエエ!』
『デデン、デデーンッ!』
 
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 その後、捕獲完了……要するに、静姫はまんまと釣られてしまったのだ。しかも、ものの数秒で、である。
 チヒロは正直に言うと静姫に対して「馬鹿野郎が」と思ってしまった。彼女は些か己の欲望に従順すぎる節がある。
 かの有名なジャンプアニメの主題歌を叫びながら、脇目も振らずに廊下を駆け出した静姫。そして、その後ろから頗る笑顔の羅幻が同じようにハンガーラックをみたらしと共に引っ張っていった。めっちゃ笑顔のデデン、デデーンッ!であった。クマのみたらしもいるということは『釣られクマー』というのはこういうことなのだろうか。多分違う。
 流石にこれは主人である自分の出番か、と思いチヒロはこめかみに青筋を立てながら、ガタリと椅子を鳴らした。しかし、すぐにチヒロはそれに座り直してしまうことになる……勝手に世をまさに大海賊時代にしている二人の後を追うように、遅れて居間を出る沙華の言葉によって。

「六平の倅、良い子にお座りしてなさいな。話があるわ…… シズについて、ね?」

 チヒロはその言葉で漸く察した……伊澄沙華が六平千鉱をこの伊澄邸に呼び寄せた本当の目的は、静姫のお迎えではなくその話をする為だったということを。
 そして、それはきっと静姫に聞かれてはまずい内容なのだろう。
 だからこそ、彼女を退出させ内鍵のない離れへと隔離する必要があった。
 ただの隔離では不十分だ。静姫は自身の気配を隠すことに長けている。その一点においては、現存する妖術師の中でもトップクラスのはず……そんな彼女が間違ってもひっそりと聞き耳を立てられぬように『監禁』というわけだ。
 色々と気に入らない点はあるが、きっとその話というのは、チヒロにとっても静姫にとっても必要のあるものなのだろう。
 チヒロは眉間に皺を寄せながらも、離れの方から聞こえた外鍵をガシャンッ!と閉める音と「……ッハ!あぁあああ!図りやがりましたね沙華さぁああん!」という咆哮を耳にしながら腰を下ろした。
 ちなみに、柴と薊は「あいつ、本当は逃亡スキルが絶望的に低いのではないのだろうか」とドン引きしている。

「絶対絶対やめてくださいね!ねえ聞いてるんですか!沙華さん!」
「シズちゃん!扉ガシャガシャしたら疲れるよ!今日暑いからエアコンつけててね!」
「うるせえ裏切り者!」
「裏切り者って心外だな俺はいつだって婆ちゃんの味方だもん!」
「ンがぁあああああ!」

 にしても、うっせえなマジで。

「シズちゃんをみたらしに監視してもらう代わりに俺が婆ちゃんに注意しとくから安心してね!」
「五秒前に『婆ちゃんの味方だもん!』って言ってたろ羅幻!」
「俺だって注意くらい出来るよ!」
「出来てないんだよいつも『そっか!』で納得するくせにぃい!!沙華さん!ねえ絶対!私の目がないからって絶対チヒロくんにセクハラしないでくださいよッ!!」
 
 それは確かに心配だが、まずお前は自分の身を案じろ。

「お待たせ!ザミさん、シバさん、チヒロくーん」
「あんぱん、しょくぱん、カレーパーンの音階や」
「さては羅幻、今朝アンパンマン見たな」
「すなおとこ怖かった」
「お騒がせして申し訳ないわぁ……倅くんの前では知らないけど、シズって案外破天荒な娘なのよねぇ」

 羅幻は一先ず置いておくとして……頬に手を当てながら今に戻った沙華は全く申し訳なさそうではない微笑みでそう言った。
 まるで静姫が伊澄の人間のような言い回し……分かりやすいマウントだ。お、喧嘩か?買うぞ。
 
「いえ、謝るべきはこちらです。俺の前ではなるだけ抑えようといじらしくも努力しているみたいですが、ついつい自由奔放な性格が顔を出してしまうようで……俺の不徳の致すところです。ご迷惑をおかけしてすみません。俺の、シズが」

 その場にいた者達には確かに聞こえた……カァーンッ!というゴングの鳴る音が。
 
「あら、その話本当だったの?私てっきりシズが適当に言ったものだと思ってたわ。あまりにも、所有者の、威厳が見えないものだから」
「もしや老眼なのでは?」
「視力が自慢なのだけれど……だとしたら由々しき事態ね。この一週間で急激に落ちたのかしら?私や羅幻の作ったご飯を食べている時のシズの、笑顔が、眩しすぎて」
「……」
「んふ」

 両者がの視線が交わり、バチバチィッと火花が散る。チヒロの後方、セコンドの柴と薊は固唾を飲みながら、思わず静かにファインティングポーズを取った。
 羅幻はそんな二人を眺めながら小首を傾げている……きっと、その反応は正しいが、その後の「なんか楽しそうっ!」という爛々とした目で真似してファイティングポーズを取るのは間違っていると思われる。

「……とりあえず、聞きましょうか。シズの話というものを」
「いいの?休憩でも挟んでいいのよ?」
「十代前半の俺はまだ若く体力が有り余っているのでご心配なく。八十代の方には分からないかもしれませんが」
「いるのよねー青さを若さと履き違えているガキ」
「なるほど、失ってから初めて分かるというものですか。勉強になります」
「……ふぅん」
「なんです?」
「べつにぃ?」

 助けて六平、俺達は怖いよ……柴と薊は心の中で静かに涙を流すことしかできなかった。

 *

「まあ、単刀直入に言わせてもらうとなんだけれど」

 離れで荷造りを行なっている静姫以外の全員が元の席に座る。
 それを確認した沙華はにぱーっとした笑顔で容赦なく切り込んできた。

「シズを私にちょうだぁいっ」
「断固拒否します」
「っちぇ!けぇち」
「いいや決してけちじゃない」

 決してけちではない。
 静姫を伊澄家に一週間も留まらせておき、その上でのマウント行為……これまでのチヒロに対する挑発から、なんとなく予想は出来たものの、まさか「ちょうだぁいっ」とまで言うレベルとは。これはもう完全に……。

「おちょくってますよね」
「だって面白いんだもの」

 開き直ってきやがった。
 
「なんっにも面白くないのですが」
「えぇなにーちょっと、やだーんふふ!随分と余裕ないんじゃなぁい?」
「……」
「違うよ婆ちゃん。チヒロくんは普通に怒ってるんだよ」
「自身の感情の昂りを諌めることが出来て、初めて世の真理を理解できるようになるのよ」
「そっか!」
「羅幻さん、シズに怒られますよ」

 何が世の真理だ。チヒロは眉間に皺を寄せたまま溜息を吐く。
 これ以上、この訳のわからない婆さんのおふざけに付き合っていられない……さっさと静姫を連れて帰ろう、とチヒロは席を立とうとする。

「ふざけてるならすぐに帰らせていただきます。お世話になりましたそれでは……」
「気が早いわね、提案自体は本気よ」
「はぁ?」

 まだ続ける気かこの婆さん、とチヒロは訝しげな表情で臆面もなく睨んでしまう。
 しかし、沙華は全く動じることはない。そして、相変わらず相手を小馬鹿にしているような微笑みを浮かべてはいるものの、その目は本気の色をしていた。
 どうやら、沙華は本当にチヒロから静姫をぶんどるつもりらしい。

「随分とシズが気に入ったようですね」
「そうね。正直言うと写真を一目見た時からシズを手元に置いておきたかったの。あの娘がこの伊澄家に来たことは運命の巡り合わせだと思ったわ」
「それで欲望のままに滅多打ちですか。ですよね、柴さん」
「アッハイ」

 柴はチヒロのキラーパスにより、即座に携帯の画面フォルダを開き沙華の前に突き出した。
 そこに映っているのは勿論、背中がミミズ腫れだらけの静姫である。

「あら、やっぱりよぉく撮れてるわよねぇ……!ミラーレス出した甲斐あったわ」
「何してんねん」

 性癖フォルダを潤沢にするな。

「これはどう見ても暴行事件の証拠写真ですよね」
「もしや鍛錬と暴力の見分けがつかないタイプ?」
「ひょっとして鏡見ながら喋ってますか?」
「あらあら、随分でかい口を叩けるものね」

 沙華はつまらなそうに欠伸をしながら、くいくいっと親指を動かす……その先にいるのは羅幻だ。嘘だと思うなら第三者に聞けという意味なのだろう。

「うん!アレは鍛錬だったよ!」
「信用に足らないです」
「そんな!」

 まあ、その相手がいつ如何なる時も祖母の味方だと豪語する孫の言葉なので意味はないが。
 それにしても……一気に濡れた犬のようにしょんぼりしてしまった。素直すぎるだろう、色々と。そんな羅幻の言葉を一方的に無碍にしてしまうと、なんだかこちらの方が悪者みたいな絵面になってしまう。
 このままでは後味が悪くて仕様がない……チヒロはこほんっと咳払いを一つ。

「……ですが、羅幻さんの言葉はこれから信用したいので、事のあらましでも聞きましょうか」
「……っ!うんっ!まかして!」
 
 一気にニコニコ顔になった、チョロい。
 しかし、実際はこれが正解なのだろう。沙華自身も彼の言葉一つでは信用されないことは分かっている。その上で、羅幻を指したということは『羅幻に詳細を聞け』ということだ。
 彼は沙華に丸め込まれやすいが、それは素直さ故……つまり、静姫がどうしてあのような目に遭うことになったのか、見たままの事実を話してくれるはずだ。

「アレはね、シズちゃん自身が言ってたんだよ。ぶっ叩いてもいいからって」
「お、己を傷めつけてもかまへんってくらいの自罰的な何かをやらかしたってことなんかッ!?」
「あれほど包丁を持つなと言っても聞かないどころか、それで指を切り落としかけたり!?」
「カブトムシ捕まえて食べようとしたり……?」
「後でシズには詳しく話を聞く必要があるわね」

 沙華はシズのやらかしの一部を聞くとボキリボキリと指を鳴らし始めた。どうやら違ったっぽいが、静姫には申し訳ないことをした。御武運を祈る。

「婆ちゃん、カブトムシって食えんの?」
「羅幻、あんたはその世界を知る必要はないわ。今すぐに忘れなさい」
「うん!消去完了!」

 沙華は羅幻の教育だけはしっかりしている……それを他の人にも向けるべきだと思われる。
 
「んで、話の続きなんだけど……婆ちゃんがあまりにもシズちゃんと手合わせしようとしないから、シズちゃんがムキになって言っちゃったんだよ」
 
_____

『一度くらい手合わせしてくれたっていいじゃないですかぁっ!』
『無理に決まってるでしょう?手合わせ以前の問題なのよ、実力差が』
『それはっ……!ダァッもう!じゃあ私の白い背中ぶっ叩いてもいいですからぁ!』
『剣術というものがなんたるかをその身体に叩き込んでやるわよ物理的にねぇッ!?』

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「……ってね!」

 シズ、馬鹿野郎が。

「あの時は最高の時間だったわ……!いつぶりかしら!ティーンエージャーの健康体を好きに彩れたのは……!私ったらもう気に入っちゃって気に入っちゃって!」
「色狂いのお婆さんは見苦しいですよ。少しは落ち着いたらどうなんですか」
「シズの身体をたっぷり堪能出来た私の前では、今のあんたは何を言っても敗北者よ」

 沙華は鼻を鳴らしながら、逆刃刀を肩にかけ……手のひらを上に向けくいくいっと中指と人差し指を数回曲げた。こいつ腹立つ。
 
「このっ……」
「早まっちゃダメだチヒロくん!正当防衛されてしまうッ!」
「チヒロくんの目の色は沙華様の好みやァ!チヒロくーん!」
「こんなことで飛びかかったりなんてまともじゃないことしませんよ俺は!シズのいつもの言動と混同しないでください!」

 チヒロは慌てふためく大人二人を思わず叱責してしまう……どうやら、沙華ワールドに踏み込んでしまった影響か認識が歪んでいるらしい。
 そしてナチュラルに静姫をディスってしまったが、それに関してはあまりにも『それはそう』案件すぎて誰からも彼女へのフォローが入ることはなかった。情状酌量の余地なし。

「あら、よく分かっているのね」
「……当たり前でしょう。俺はずっとシズと一緒にいました。俺や父さんにはしませんが、それ以外の人にまあまあ好戦的なことくらい分かります」
「馬鹿ね。それは誰が見たって分かるに決まってるでしょう青二才」
「……っ」

 それは確かにその通りだ。迂闊な台詞を口にしてしまったとチヒロは苦虫を噛み潰したような表情になる。

「今度こそ、余裕がなさそうね」
「……まあ、そうですね」

 話の流れから言えば、先ほどの「よく分かっている」は静姫の喧嘩っ早さを言っているとチヒロは思ってしまったが、よくよく考えてみれば彼女と近しい人間でそれを知らない人の方が少ないだろう。
 一週間程共に過ごした伊澄家でも分かることなら、二年以上も彼女と一緒にいたチヒロにそれが分からないはずもない。柴に対する態度と沙華に対する態度に静姫はあまり違いがないのもある。
 そのことを、わざわざ沙華が「よく分かっている」と言及するだろうか?

「おかしな話をしても?」
「いいわよ」
「俺には沙華さんが仰る『よく分かっている』という言葉の真意が、よく分からないです」
「理解力がないのね」
「俺はまだ青二才ですから」

 では、沙華の言葉の真意とは何か。

「だから、教えてくれませんか」
「……少しは素直になったわね」

 沙華の表情から笑みが消える。そして目を伏せながら一拍ほど置いて、再び口を開いた。

「六平千鉱」

 沙華が初めてチヒロの名を呼んだ。

「あなたは『まとも』よ」
「……は?」
「あなたは『まとも』なの。世間一般的に見て正常な人間と言えるわ」

 チヒロは、混乱してしまう。
 沙華はチヒロのことをずっと、どこか貶すような言葉を多く口にしていた。
 だというのに、いきなり彼女はチヒロを評価するような物言いをし出したのだ……一体、どういう風の吹き回しだろうか。

「だから、私はあなたの手元にシズを置いておくことに賛成が出来ないのよ」

 しかし、次の言葉でそれが沙華にとっての『評価』ではなく『事実』を言っているのだ、とチヒロは気付いた……そしてそれが、あまり明るいものではないということにも。

「それは、一体、何故」
「よく聞きなさい、六平千鉱」

 沙華の言った「ちょうだい」の意味。

「このままでは、あなたは必ず……」

 それは決して己の欲を満たしたいが為ではない。
 チヒロが『まとも』である『事実』により沙華が想定しえる未来の事態。

「近いうちに、シズを捨てるわ」

 静姫の哀しみを案じた上での提案なのだ。