爆発オチは最低らしいが


「な、なん、なななんで急にそんなこと聞くの」

 帰宅準備の最終確認中に突如投下された静姫の爆弾発言。羅幻は手に持っていた軍服ロリィタを取り落としてしまったことにも気付かずに、静姫にそう聞き返す。
 これについてはこの場の皆も知りたいところである……沙華だけは面白がっていたが。

「え?いや、好きなんかなーって思ったから、言動からして。ほぼ中身が羅幻のみたらしまですごい懐いてくるし」
「そ、そそそう?」
「そうだろ。逆に好かれてなかったらアレはなんだよ。みたらしは私のこと圧殺しにきてるとでもいうのか」
「ややや、め、滅相もないよ全く本当に」
「でしょ?」

 卑怯だと思った。いや、静姫は誤魔化そうと思っているのではなく、ただ思ったことをザクザク言っているのだというのはわかる。
 しかし、これでは静姫が羅幻に対して『恋愛的な好き』と『親愛的な好き』のどちらの感情について聞いているか分からないのだ。
 だが、ここでラブとライクのどちらなのか、と静姫の真意について聞けるような勇気ある者は存在せず……カオスな膠着状態になってしまった。
 そんなメンタルの持ち主はおそらく沙華だけだが、その沙華がニヤニヤしながら二人を眺めているので彼女の手による状況の打破は望めそうもない。

「……あっ!」

 しかし、意外な人物が動いた。それはこの微妙な空気を作り出した張本人の静姫である。
 彼女は羅幻が顔を真っ赤にしてモジモジしている姿を見て、漸くラブかライクか分かりにくい質問をしてしまったのだと気付いたらしい。
 自分達が何をせずとも静姫が自分で気付けたことと、どこか軽めな彼女の様子から「どうやらライクの方らしい」という事が予想できて周りはほっと胸を撫で下ろした。

「ごめん、羅幻。私の聞き方が悪かったよ」
「う、うんっ大丈夫!」
「じゃあ、もう一回聞くね。羅幻は私のこと好きだよね?性的な意味で」
「はわわ」
『聞き方が悪いッ!!』

 セクシュアル、参戦!!
 これ以上に悪化することがあるか!とチヒロ、柴、薊は見事に声をハモらせて叫んだ。せめてラブについて聞いてほしかった。
 もう沙華に至っては大笑いしながら這いつくばり、床をドンドン叩き始めた。あの沙華様に膝をつかせるとは、やはり静姫は侮れぬ。
 はわはわ、と顔を赤くしていた羅幻はもう我慢が出来ない!というように腕をぶんぶん振りながら静姫に抗議を始めた。

「ちょ、ちょっと!シズちゃん!え、えっちなこと言わないでよーッ!」
「あ?なーにが『えっちなこと』だ。あんたの婆様の言ってたことを振り返ってみなよ」
「婆ちゃんは『えっちなことは十八歳以上になってからじゃないと駄目よ』って言ってた!」
「嘘つけェ!!」
「嘘じゃないもん!婆ちゃん言ってたもん!」

 法律だけは守る沙華様クオリティ炸裂である。
 羅幻の『トトロいたもん!』のような台詞を静姫は絶対に信じられぬと真っ向から否定する。それは二人の初めての啀み合いであった……途轍もなくぐぬぬってる。
 これでは埒が開かぬと、苛ついた心を諌めながらチヒロは羅幻に助け舟を出すことにした。

「シズ、羅幻さんが嘘をついたところを見たことはある?」
「ない」
「シズに対する発言は置いておいて、沙華さんの羅幻さんに対する教育の正当性は?」
「ある」
「よって導き出される答えは?」
「羅幻は嘘をついていないです」
「ありがとう、チヒロくんっ!」
「で、実際のところはどうなんですか」
「チヒロくん!?」

 助け舟は出すが、味方になるとは言っていない。ここで静姫を無力化したのは己の苛立ちを羅幻に向けるためだ。なんかおい、好きそうだな静姫のことが性て……恋愛的に。静姫のことを狙おうというのなら敵だぞおい。
 火蓋を切って落とした大戦犯は静姫だが、こういう状況になった以上チヒロは羅幻を警戒及び敵対視せざるを得ないのだ。何故なら、火蓋が切って落とされたからである。

「お、俺っ!シズちゃんのことえっちな目で見たことないもん!健全な目でしか見たことないもん!」
「へぇ、では恋愛的に見たことはあるんですか」
「ありますぅ……」
「へぇ、今もですか」
「今もですぅ……」
「へぇ」

 素直すぎる羅幻は、尋問官であるチヒロにあっさりと恋心を白状した。
 こいつ……と考えているチヒロの横で、静姫はポンと手を打つ。
 
「ああ、そう聞けばよかったのか」
「シズは今後、国語とかで情緒を学ぼっか。今この瞬間でその台詞を言うべきじゃないとか」
「漢字とかもね!任せろ!」
「止めだ無限ループになる」

 真っ赤になりながらしおしおと両手で顔を覆う羅幻……かなり恥ずかしがっているのか目に涙まで浮かべているようだ。
 ちょっと男子と女子、羅幻君泣いちゃったじゃーん。やめたげてよ。やめないけど。

「なんで好きになっちゃったんですか」
「だって、たった一週間だったとしてもこんなに可愛い子と一緒に暮らしてたらそりゃ好きになっちゃうよぉ……」
「そんな安直な……」

 そこまで言った後で、静姫と出会って五日で恋に堕ちたチヒロは口をつぐんだ。
 ちくしょう。だから静姫を男のいるところで暮らさせたくなかったんだ、こういうことになるから、ちくしょう。

「まあ無理もないわな。シズちゃんったら全人類老若男女を虜してしまう傾国の美女だから致し方ないわな」
「あら、随分な自信ね」
「既に私のこと気に入ってる男女の老と若の人類が目の前にいるんでね」
「うふふっ」
「えへ……」

 沙華は口元に手を当て、羅幻は後ろ頭をわしゃりとかきながら笑う……両者とも『それを言われちゃうと弱っちまうなぁ』と顔に書いてあった。
 静姫もそんな二人を見てカラカラと笑っているが……おい、わろてる場合か、とチヒロは頭が痛くなってしまう。

「じゃあ、羅幻さ」
「なになぁに?」
 
 そして、静姫は笑ったまま人差し指をピンと立てた。

「とりあえず、私のこと好きなのはやめよっか」
「……え?」
「私のこと好きなのやめろ。迷惑だから」
「め、」
「うん、迷惑」

 羅幻は先ほどまではにかみながら細めていた目を、今度はこれでもかというほどに見開き唇をキュッと引き結んで固まった……あ、そっと左胸を押さえた。
 ちなみに、沙華以外の全員もまるで時が止まったかのように全身を硬直させていた。
 え、なん、なに、こいつ。人の心とかないんか?

「あら、フラれちゃったわね。羅幻」
「……〜〜〜〜〜ッ!!」

 沙華の言葉で現実に引き戻された羅幻は真珠のような大粒の涙をポロポロと一つずつこぼしながらきゅうきゅう泣き始めた。
 これは果たして、羅幻がみたらしにそっくりであるのか、みたらしが羅幻にそっくりなのか……おそらくは後者だ。

「それにしてもバッサリねぇ。好きでいることもダメな感じなの?」
「ダメです。私という本人にバレてるから」
「そうよねぇ。まったく応えるつもりのない恋心が見え見えだったら邪魔くさくて迷惑よねぇ」
「うっ」
「そーなんですよ。正直めんどい、やめてほしい」
「うっうっ」
「ほんとほんと。片思いするのは勝手だけどそれを本人に気付かれちゃダメよねぇ」
「ねー」
「うっぐぅ」
「やめたげろ!」
「羅幻のライフはもうゼロや!」

 生来的にバーサーカーソウルを持ち合わせる静姫と沙華の突然始まった女子会。そんな二人の言葉の槍に滅多刺しにされる羅幻はなんと哀れなのだろう。明らかにオーバーキルな様子から柴と薊は思わず止めに入る。
 ちなみに、その流れ弾はしっかりチヒロの心にも傷を残していた。
 静姫が『まったく応えるつもりのない恋心』をチヒロはしっかり抱えているし、彼女がそう言いきる理由も知っている……静姫は綺麗な花を愛でることを邪魔されたくないのだろう。

「うっうっ…… シズちゃんが、迷惑って言うなら、やめるぅ……」
「泣くなって。大丈夫だよ、羅幻はどうせ私じゃなくても好きな女の子出来るって」
「ちょっ……」

 なんというノンデリカシー発言だろうか……いや、さっきからだけども!
 もしも失恋の嘆きを寄り添って聞いてくれる友達の発言とかならまだ分かる。
 しかし、それがよりにもよって失恋を叩きつけてきた静姫本人の言葉だというのなら話は変わるのだ。
 その言葉はきっと、余計に羅幻を傷つけるものにしかならない。チヒロだって羅幻の立場で同じことを彼女に言われたら「静姫以外の女を好きになれるわけないだろう!」と怒りの言葉をぶつけてしまうに決まっている。
 そればかりはあんまりだ、とチヒロは静姫に発言を訂正させようと、彼女の方に勢いよく体を乗り出した……。

「俺もそう思う」
「はっ!?」
「やっぱり」

 乗り出した、のだが。羅幻はあっさりそれを肯定した……傷付いたり強がったりするような様子もなく、ただ事実を言っている、そんな雰囲気で。

「だって羅幻って絶対恋多き乙女じゃん」
「うん俺は恋多き乙女です」
「絶対違うと思いますけど」

 どう見ても羅幻は心身ともに雄であるが、乙女とは如何に。

「ちなみに歴代ガチ恋好きな人で私は何人目?」
「それ、は……」

 静姫の何気ない問いに、あの日の記憶が羅幻の脳裏に浮かんでいた。
 そう、あの日だ。沙華に手を引かれながら夕陽に溶け込むように、羅幻はまだ柔らかい足で一生懸命に歩いていた……。

―――

『婆ちゃん、婆ちゃん!』
『羅幻、なぁに?』
『俺ね!おっきくなったら婆ちゃんと結婚する!』
『うふふ絶対に嫌』

―――

「っていう三歳の頃はカウントする?」
「ノーカンで」

 なんだ今の無駄な回想。
 
「じゃあ五人目」
「多い多い」
「そのうちの一人には告白してフラれて、二人には告白する前に失恋して、中二の頃に初めてお付き合い出来た彼女には『彼氏が中卒とか嫌!』って言われてフラれて……」
「それは別れて正解。義務教育受けてない私が保証する」
「それからシズちゃんにはさっきフラれました……」
「わりぃね」

 自分を振った相手に、元カノとは別れて正解だったと言われて、果たして素直に納得出来るかはさておき。
 羅幻の恋愛に対しての多感さに静姫が気付けた理由は待っている間に見たアルバムである。彼は明らかに親戚ではない女性とのツーショットが多かったのだ。
 羅幻がその好きな女の子に頼み込んで撮らせてもらったのか、その写真は四人分。五人目の静姫を除いた人数に合致することから、あの人達が歴代の好きな人達だったと見ていいだろう。

「……そんだけの人数、好きな人がころころと?まったく心変わりの激しいことで」
「う」
「羅幻は確かに惚れっぽいけど、全員にキッチリ失恋してから次の恋だったわよ。失恋するまで全然心変わりしなかったし。惚れっぽい一途ってすごく可愛いわよね」
「うわぁんっ婆ちゃぁあ〜〜〜んっ!!」

 沙華のフォローに感涙している羅幻に静姫は小さく溜息を吐く。
 正直に言うと、沢山の人に恋を出来る羅幻のことが、静姫は少しばかり羨ましいのだ。
 静姫は未だ一人しか好きになったことはないし、これからもその恋心を別の人間に渡す気はない。
 それは、チヒロも同じことではあるが……一人の人間にだけ固執することは一種の依存である。
 そんなドロドロの執着心と比べれば、羅幻の想いの方がよっぽど健全に違いない。
 だからこそ、羅幻の恋心はいつまでも静姫に持たせてはいけないとも思えた……そんな純粋無垢な想いはきっと、彼女の手に余るだろうから。

「とりあえず次に彼女が出来たらあのツーショ写真は捨てたら?恋人ってそういうの気にするものだと思うけど」
「写真を、捨てる……?」
「聞いたことない言葉ね」
「この写真大好き一族め」

 静姫は離れの本棚にすっと目を向けた。
 そこにみっちり並べられているのは全てアルバムである。そして戸棚にはミラーレスだけではなく一眼レフ、ビデオカメラまで丁寧に仕舞われてある。伊澄家はビデオや写真が大好きなようだ。
 まあ、それはこの一週間でことあるごとに撮影されまくっていたので分かりきったことではあったのだが。
 ちなみに丁寧にファイル分けされてあったおかげで、静姫は赤子のチヒロを抱き抱える若い国重の写真をばっちり見た。世界の尊さがそこにあった。白いおくるみに包まれ、まるでおむすびみたいになっていたチヒロは流石にかわいかった。理性が存在しなかったら拝借していた。

「そうだよ、だから本当に……神奈備隊服のシズちゃん……」
「まだ言ってんのか」

 どんだけだよ、と眉をやや逆立てながら、静姫は羅幻をビシッと指差し忠告を始める。

「言っておくけどね羅幻。私のロリィタ姿の撮影を承諾したのは、私の誤発注に見合うだけの償いがそれだと思っただけだから。そもそもの話、私は写真撮られるのは得意じゃないの」

 流石は真顔ウィッシュ前科持ちの女だ。言葉の重みが違う。

「羅幻の作った服と神奈備隊服姿は全く別の話。そりゃ間違えて着ちゃったのは悪かったけど、私が羅幻を喜ばせるために隊服着て、その姿の撮影を許す道理はない」
 
 羅幻が彼の隊服を着た静姫を撮影したかった、と彼女が知ったのは彼女が着替えを済ませた後の話だ。
 しかし、静姫は着替えを終える前でも撮影は断っていたし、もちろん改めて着直すこともしないだろう。

「だから、ただの私利私欲のための撮影は諦め」
「シズ」
「……ん?」

 自分の容姿に絶対の自信を持つ静姫が写真を嫌がるのは少し意外だったが何もおかしいことはない。
 理由はおそらくだが、彼女には全国指名手配の経験があるからだろう。六平家以外の場所ではなるだけ存在していた証拠を残したくない、と考えてしまうのも無理はない……それに存在感を極限までなくす薄氷はカメラの前では無効化されるから余計にだ。
 そう、静姫が写真を撮られることを避けるのに何もおかしな点はない。

「どうしたのチヒロくん」
 
 しかし、だからこその違和感をチヒロは覚えてしまった。

「じゃあ、あの写真はなんなの?」
「あの写真?」
「ミミズ腫れ」
「ミッ」

 その「ミッ」は非常に刹那的に出された声だった。
 か細くも高いそれは、声というよりは音に近く……不意に喉のすり合わせから漏れ出された、静姫の動揺がふんだんに詰め込まれたもので。
 嫌な予感が的中したであろうチヒロの眉間には深い皺が刻まれていく。それと同時に、静姫はバッと沙華の方へ勢いよく顔を向けた……その表情には「信じられない」と言いたげな非難がある。
 静姫とは少し遅れてチヒロがゆっくりと沙華を睨むと、彼女はウインク&舌ペロと共にこう言った。

「ごちになりまぁしたっ!」
「さ、は、な、さ、んッ!」

 語尾に思いっきりハートマークをつけたであろう声色でそんなことを言う沙華に、静姫はわなわなと震えて地団駄を踏み始める。

「あなたっ!まさかっ!あの写真送っちゃったんですか!?」
「送っちゃったわ」
「秘蔵にするって言ったじゃないですか!」
「秘蔵ってつい自慢したくなっちゃうものよねっ!送っちゃったわ」
「こんのっ色欲魔ァ!」
「オーッホホホホホ!」
「うっっっわ!沙華さんが本気で愉悦を覚えた時に出す笑い声ェエ!」
「オホ声と呼びなさい」
「誰が呼ぶかァーッ!」

 チヒロはまだギリギリあの写真の存在を『戦闘スキルを磨くための記録』という理由で撮られたものだと思い込もうとしていた。
 実際に静姫が懸命に鍛錬を重ねている写真や音声、映像も送られていた。それに関しては記録としてあってもおかしくはない。
 しかし、明らかにそうではなく、思いっきり沙華の私利私欲のための撮影だったことをコントとして知らしめてくれてどうもありがとうございます絶対に許さない。

「シズ」
「……」
「お返事は?」
「……ハイ」

 謎の絶望のあまりに膝と手を床につく静姫。チヒロは片膝をつき、そんな彼女の両頬を包みながら上を向かせた。

「事情聴取ね」
「うぐぅ〜〜〜ッ!!」

 とりあえず、慈悲はないものとする。

 *

 おかしいとは思っていたのだ。静姫の帰宅準備の『荷造り』という言葉が。
 彼女は元々、日帰りのつもりだったのだ。だからこそ、手荷物は少なかったはず……それこそ、木刀一振り以外の物を持っていかなかった。
 しかし、チヒロの目には明らかに帰宅用のボストンバッグがしっかりと用意されているようにしか見えない。見覚えがないぞ、あんなもの六平家に。
 静姫の元々の普段着が少なく、羅幻の妖術訓練を兼ねて数着頂くにしても、荷物の数が多すぎるような気がしねかならない。
 静姫は非常にバツの悪そうな顔のまま、そのファスナーをじーっと開き中のものを取り出していく。

「シズはもうこれがないとダメな体になっちゃったのよねぇ……このヌルヌルの液体が……」
「だから語弊のある言い方やめてくださいってばセクハラの神」
「体の隅から隅に至るまで、このヌルヌルで……」
「神、おやめください」

 毎度のことだが、どうしてもチヒロのこめかみに青筋が立ってしまう。
 おそらく自分は将来大抵の煽りには動じない人間になるし、煽り返すのが上手くなるだろうという確信まで生まれてしまう始末……沙華を越えるアオリストはそうそういないだろう。
 語弊があるとしても体中がヌルヌルとはどう訳するのだろうか…… 静姫の国語力に一縷の望みをかけるしかないが、大丈夫だろうか。不安要素が多々あるものの、とりあえず彼女の翻訳がエキサイトしないことを願うばかりである。
 して、肝心の『ヌルヌル』の正体であるらしい、こと、こと、とん、ごと、と一つずつ姿を現したそれだが……。

「……シャンプー?」
「女性用です」
「洗顔フォーム」
「女性用なんです」

 なるほど。よく分からんが分かった。とりあえず、ヌルヌルというよりはアワアワだろうということだけは。
 静姫のバッグから出てきたそれらはあらゆる美容品ばかりであった。化粧水、乳液、美容液、顔パック……リンス、ヘアオイルやヘアマスクなどがごろごろと。絶対重いぞあのバッグ。

「こちら、シズの肌質髪質に合わせた私一押しのスキンケア及びヘアケアセット一式となっておりまぁす」
「それがなんやねん」
「僕らに紹介されても困るというか」
「きゅっ……」
「ちょっ!二人ともっそれは……!」

 静姫のバッグから取り出された諸々をまるでテレビショッピングのように誇らしげに紹介する沙華。
 しかし、そういったものに全く詳しくない男性陣にはあまり興味が湧かないものである。
 正直なところそんなことよりも、早いところ写真についての詳細を話して欲しいものだ、と柴と薊は苦言を呈す。それに対して何故か静姫と羅幻が青い顔をしているのが気がかりだが。

「……あ゛?」
「えっ」
「えっ」
「わぁ」
「ひぇ」
「……沙華さん?」

 だがそれが逆に沙華の逆鱗に触れた!

「男性用と女性用のシャンプーの違いも分からない雑魚どもが舐めた口を聞くんじゃないわよッ!!今生ではもう洗髪の必要がなくなるよう毛根を死滅させられたいようねぇッ!!」
「えっなにすんません、ごめんなさい!?」
「最近抜け毛が気になるお年頃なんです!その話題は勘弁してください!」
「わぁあ〜〜〜ッ!婆ちゃんが怒った!一大事!」
「ひぇえ〜〜〜ッ!美容ヤクザ沙華様再臨の時!」

 何故かはよく分からんが急に噴火した沙華に柴と薊はとにかく謝り倒したが、沙華は一切聞く耳を持つつもりはないらしい。彼女は柳眉を逆立てながら逆刃刀をスラァッと抜き、刀の峰部分でたぁんたぁんッと片方の掌を叩き始める。
 羅幻も静姫もこれは洒落にならない沙華のガチキレだとしっかり理解しており、えらいこっちゃと同時に自身の頭を抱えてしまう。
 しかし、その間にもズンズンと柴と薊に大股で近づく沙華にただ参っているだけでは色々と終わる、主に世話になってる大人の頭皮が!と焦った静姫はすぐさま駆け出した。
 静姫はザザッと素早く沙華の前に出たかと思えば、膝をつき彼女の怒りをなんとか鎮めようと口を開く。まるで祈りを捧げる巫女のようである。

「神よ!お鎮まりください!我が師のじゃが芋とその友の茄子のアイデンティティである前髪と前髪の消滅は多大なる損失で御座います!」
「その後はまとめて煮込むからどうでもいいわ!」
「ヤバい私の祝詞ではどうにもならん!羅幻ちょっとみたらしを!」
「駆動!」
「でかした!」
「キュウゥウ〜〜〜ンッ!」

 子供二人はどうどうどうどう!と持てる全力を出しながら沙華を止めようとする。先ほどまでオフになっていた体長200センチ、ふわふわブラウンのみたらしまで出動である。しかも、みたらしが一番足止め出来ている。
 ちなみに今回に関して、チヒロだけが蚊帳の外らしく、彼は無言のまま静観していた。現在のチヒロには「なんだコレ……」以外に感情はない。

「ちょっと邪魔よ!退きなさい童組!」
「落ち着いて下さい!アレ私の師範!」
「婆ちゃん!ザミさん俺の直属上司!」
「キュォオウゥ〜〜〜ンッ!」
「知ったこっちゃないわぁ!」
 
 沙華は滅多に怒らない。それは別に気が長いというわけではなく、そもそも彼女自身が人類として強すぎるため何をどう言われても「羽虫が何か言ってるわぁ〜」と言った感じでにっこりにこにこすることが多い。
 要は余裕が有り余っているだけで、沙華にも怒りという感情は確かにあるのだ。

「婆ちゃぁん!ザミさんの黒髪はミステリアスクールでかっこいいのにィ!」
「すみません沙華さん自分、師範がおしゃれスキンヘッドとかでもなく純然たる禿げになるのは忍びなくて!」
「禿げたらいいのよこんな奴ら!いいこと!?こいつらはねぇッ……!」

 しかし、柴と薊はどうやらたった今、沙華にとって越えてはならぬ一線を越えてしまったらしい。
 だが、何が原因か心当たりがなさすぎるあまりに狼狽えてただ童組に守られるばかり。
 そして、その一線というのは……。
 
「こんなに素質たっぷりのシズの柔肌とキューティクルの価値も碌に理解せず買い与えるものが男性用のものばかりな愚図どもなのよ!?」
「えっ」
「えっ」
「何が『えっ』よ!この愚鈍の芋茄子ゥ!しかもアイツら私がシズの為を思って選りすぐった美容セットを『それが何か?』したのよ!?どの立場からものを言ってんのよアイツらァ!」
「気持ちは!気持ちはありがたいんで!いや気持ちだけじゃなく、本当にありがたいのですが!」

 意外や意外、なんと静姫のことであるらしい。
 二人は一瞬だけ「なんかあかんかった?」だの「そんなに怒ることか?」と思ってしまったが、流石にそれを口にすることはなかった。
 色々とよく分からんが、破滅エンドまっしぐらであることだけは確かだ。

「こいつらの美しい庭園に泥水を撒くが如き蛮行!絶対に許せないわ!!」
「彼らおじさんなんで!どうしても分かんないみたいなんです!そういう生物でして!それに、少し前まで私ことシズちゃんも似たようなものでしたし!」
「そうだよ婆ちゃん!ちょっと前まで同類だったシズちゃんに免じて許しあげて!」
「どうるっ……もう少し良い感じの言い方はなかったかなぁ羅幻くん!?」
「えぇっ多分シズちゃんには言われたくないよ!?」
「キュウゥゥウ!」

 羅幻の正論は置いておくとして……沙華の発言から推測するに、故意か否かに関わらず『美しいもの』をぞんざいに扱う行為自体が彼女の地雷であるらしい。
 つまり、悪意が一切なかったとしても、静姫の保護者である柴が彼女に適切な洗髪料を与えてこなかったことが許せない、と言ったところか。薊は正確には静姫の保護者ではないのだが、どうやら連帯責任を負わされているらしい。
 チヒロは「そういや、美しい場所に土足がどうのとか言ってたな」と沙華の言葉を思い返していた。
 ああ、なるほど。そういうことか。
 
「どうりでシズが前より綺麗になったと思った」

 チヒロが不意にそう溢した瞬間。
 その場にいたもの全員の心に、大なり小なり爆発が起きた。