ヒーローと涙と


自分の手と繋がれた大きな手の持ち主を見上げ紗良はその顔をゆっくりと観察した。
黒髪に黒い瞳、父とよく似ている。
大きな眼鏡を父はしていなかった。
知的な印象を抱かせる瞳のイロは父そっくりだ。
でも、穏やかさを与える雰囲気はまったく見ていない。
どちらかというと父は怖い印象を与えるような人だった。


まだ状況が理解しきれていない頭で父と今自分の手を引いている彼との似ているところ違うところ、とりとめもなく羅列していく。


「ん?どうしたんだい、紗良ちゃん」


優しい声だ。
これも父と似ている。父は見た目とは違い、子ども好きで優しい人だった。


「…パパとママは、おにーちゃんは、もう帰ってこないの…?」


ハッとした、悲しそうな顔。その顔を見てやっと状況を飲み込め始めたような気がする。


煙草の火の不始末だったらしい。
父と母の寝室が最もひどい状態で、煙草の燃えカスが落ちていたこともあってそう判断されたらしい。その部屋には父と母、そして兄の遺体も一緒にあったと聞いた。

あの日、わたしは当時親友だった友だちの家にお泊りをしていた。そのおかげで火事に巻き込まれることはなかった。
翌朝、友だちのお母さんがニュースで火事のことを知り警察に連絡、わたしは警察署に連れていかれた。

あの見知らぬ殺風景な部屋に通されて、両親と兄の死を知らされたのだ。両親と兄とは会わせてくれなかった。見ないほうがいいと、言われた。

そして彼と出会ったのだ。
工藤優作。彼はもう何も持っていないわたしに自分の子どもに、家族にならないかと言った。正直、わたしにとっての家族はあの家で火事に巻き込まれていなくなった両親と兄だけだ。でも差し出された手を断れなくて、誰かにすがりたくて、ヒーローを求めて、無意識のうちにその手を取っていた。


知っているんだ。もう会えないことくらい。
まだ8歳だけど状況は冷静に、恐ろしいほど冷静に受け止めていた。




警察署からゆっくりと時間をかけて彼の家へと歩いていた時、唐突におっとりと静かに純粋な疑問を投げかけてきた子どもの質問に彼は、少しの躊躇いと思考の末、自分もゆっくりと自分にも言い聞かせるように口を開いた。


「…そうだね、君のお父さんとお母さん、お兄さんとはもう…会えないだろう。」


悲しそうだけど、辛そうだけど、まっすぐにわたしの目をみた。
そこに映る今にも泣きそうな子どもの姿を見た瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。


「ふぇ…っ、んぐ、」

「我慢しなくていいよ…我慢してはダメだ」


何がとは言わない。
その言葉をきっかけに箍が外れたように声を出して泣いた。
今いる場所が住宅に囲まれた道の真ん中でも気にせず泣いた。
瞳を見るためにしゃがんでいた彼の胸に顔を押し付けて赤ちゃんみたいに泣いた。
ぐちゃぐちゃになった感情を全部吐き出すように泣き喚いた。


パパとママとお兄ちゃんがいなくなってから初めて泣いた。







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