つきとたいようと

さんざん泣いて落ち着いた頃、今度は別の意味で泣きそうだ。
住宅地の真ん中で声を出して泣くなんて…いくら小学校低学年でも恥ずかしい。


「えっと、工藤さん…ごめんなさい」
「なに、気にしなくていいよ。泣きたいときには泣くのが一番だ。見たところ、ご家族のことを聞いてから泣いてなかったようだしね。」

再び手を引かれながら誤れば、優しい言葉が返ってきた。
まるでお月様みたいな人だ。優しくて静かに見守ってくれてる、そんな人。

「本当は私の妻…奥さんも一緒に来たがっていたんだが今は思うように動けない状態でね。君にすごく会いたがっていたよ。」
「工藤さんの奥さん?」
「ああ、今ごろ家で首を長くして待っているだろうね。にぎやかだが優しい人だからキミもすぐ仲良くなれるだろう。」

優しい顔で優しい声でそう言う彼を見て、この人はその奥さんがとても好きなのだと思った。この優しい人が好きになる人なんだから素敵な人なのだろう。
家族がいなくなって気持ちは沈んだままだが、その人に会えることは楽しみで、少し気持ちが持ち直したような気がした。




歩く速度をわたしに合わせてくれて、ゆっくりと時折雑談をしながら歩いているうちに目的の場所に着いたようで、彼が足を止めたそこに建っている家はとても大きな豪邸だった。


「ここ、ですか?」
「ああ、ようこそわが家へ。」


絶句である。
ゆっくりと慣れた手つきで門を開け、その先にある玄関の扉へとエスコートされる。なんとなく察していたがこの人はいわゆる“しんし”というやつなのだろう。
扉の前まで来たらこれまた慣れた手つきでその扉を開ける。一歩中へと誘われ踏み込めば知らない家のにおいがした。


立ち尽くすわたしを促し、先に行く工藤さんに慌てて靴を脱ぎ、揃えると急ぎ足で追いかける。



「さあ、ここだよ。ただいま有希子。」

リビングらしき部屋に入れば、二人掛けのソファにゆったりと座っていた綺麗な女性がこちらをにこにこしながらこちらに歩み寄ってきた。

「おかえりなさい!優ちゃん。それと

あなたが紗良ちゃんね。はじめまして、工藤有希子です。」


工藤さんと同じでも少し違う優しい笑顔。お日様みたいな笑顔だ。


「はじめ、まして…久木…紗良、です。おじゃま…して、ま、す。」

工藤さんの時も緊張していたがあの時はそれどころではなかったし、初めてではなかった。しかし、今度は初めての人でとても緊張してしまった。
どもってしまったことに動揺して有希子さんの顔が見れない。反応がすぐに返ってこないことが更に不安を煽り、視線がどんどん下がってついに自分のつま先まできてしまった。


「あ…えっと、その…すみませ、「やぁあんかわいいぃいいい!」ん…?」


叫ばれた。
沈黙に耐えられなくて謝ろうとした瞬間、黄色い声で遮られた。驚いて顔を上げればそこには綺麗な顔を満面の笑みで、周囲に花を飛び散らせているような錯覚させられる。呆然としたままのわたしを見かねてか、工藤さんが助け舟を出してくれた。


「有希子、紗良ちゃんが困っているよ。」
「あら!ごめんなさいね、紗良ちゃん!あまりにも可愛くて…本当にお人形さんみたい!優ちゃんが言ってた通りね!!綺麗な髪ねー、あら!よく見たら瞳もただの茶色じゃなくてヘーゼルなのね!宝石みたいにキラキラしてるのねーこれからこんなに可愛い子と家族になれるなんて、楽しみだわぁ」


テンションが高い。

追いつけないがこの明るさも元気さも好きだ。容姿に関して面と向かって褒められたことが少ないせいか、照れくさくて慣れないけど、嬉しくて心がぽかぽかする。やっぱりお日様みたいな人だ。


でも最後の家族という言葉にどう反応すればいいのかわからない。
そういえばあの部屋で工藤さんがそんなことを言っていたような気がする。あの時はいっぱいいっぱいで気にしていなかった。


「…家族?」
「ええ、家族よ。…言ってなかったの?」
「いや、言ったがあの時はそれどころじゃなかったからね、改めて紗良ちゃん…

私たちと家族にならないかい?」



どう返事をすればいいのかわからない。

どうしても思い出すのはあの大好きな家族で、この人たちはいい人だ。直観だけど会ったばかりでも確信できるし、このお月様みたいに優しくてお日様みたいに暖かいこの人たちなら本当の家族になってくれるのだろう。

でも、家族がいなくなってすぐで、まだ小学生の自分には新しい家族の存在を受け入れるには時間が足りなかった。



「…」
「…」
「…」
「…」
「…、紗良ちゃんどうかしら」
「…とてもうれしいです。でも…」



本当はそうなればいいと思う。でも踏ん切りがつかない。


「そうよね、だって今日ご家族のことを知ったその日のうちで、お葬式とかもまだだもの…混乱しちゃうのも無理はないわね。」

「ごめんなさい…」

「謝らなくていい、仕方のないことだからね。本当はご親戚とかが君を引き取るのがスジなんだろうけど、ご両親からの頼みでね。」


たのみ?





「ああ、君のご両親…誠治さんとケイトさんとのね」

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