5.パパ白ヤギさんと黒ウサギさんと
私が初めて『あんぽんたん』を訪れたのは、小学の五年頃だったように思う。
その日は、ちょっと気が向いたのか、遠回りして別の道で帰っていた。
「へんなのー」
よく知らない広場に出て、よく分からない物がたくさん並んでいて。
そうだ。既に美術館ではなくなっていたけど、当時はまだお祖父ちゃんの作品がメインで広場に並んでいた。
でも、それがお祖父ちゃんの作品とは知らず、私は広場の彫刻像を見ていた。
「おい、スズコ。どうした学校帰りか?」
パパだ。
ああ懐かしいな。
なんだろうコレは。夢かな?
そうだ夢だ
なんだそうか。
お前の過去の夢だ
なんだそうか。
良かった。私はお父さんっ子だからね。夢でも久しぶりにパパに会えて嬉しいんだ。
あれ?でも何で久しぶり?パパなのに?
お前のせいだ
そうなの?
お前が全ての元凶だ
うん。
「こっちにおいで」
なんだかシブいお店だね!わあ!わあ!本が一杯!!すごい!
ポニーテールをピョコピョコ揺らして私ははしゃいでいる。
「すみません句馬さん。娘が騒いで。こら、静かにしなさい」
ごめんなさいパパ。ごめんなさい。ごめんなさい。
「おいおい泣くな。パフェ頼んでやるから」
パフェ!!
「ママには内緒だぞ?」
うん!
「娘さんは本が好きなんですか。血ですかねえ」
「ああ句馬さん。困ったもんです。学校の成績は大した事ないのに、本だけは好きで、もう家の中の本は読み尽くされてしまいましたよ」
句馬さん?マスターだ!
そうか、マスターって句馬さんって言うんだ。
こうして見ると、確かに今より若いなー。
「ねえお嬢さん。一番好きな本は何だい?」
パパの本っ!
「それはいい。ちょうど今、アラキさん新作書き終わったって。ねえ?」
パパは家で執筆が行き詰まったら、きまって此処で書いていた。不思議とここなら筆が進むんだと。
「参ったね。娘は下手な編集より容赦ないからな」
パパは機械が本当に苦手で、いつも手書きで原稿用紙に書いていたっけ。
そんなんでこれから先やっていけるか不安になったが、いや、いいからさっさと読もう。久しぶりにパパの本が読みたい。
私は無心に読み始めた。
「アラキさん最高傑作が完成だー!って叫んでましたよね」
「ちょっと、娘の前で恥ずかしいこと言わんちょって下さいよ」
二人の茶茶も、机の上に置かれたパフェにも目もくれず、私は読む。読む。読む。
パパすごい!これね、これね!
今までのパパが書いたので一番好き!すごい素敵!
そうなの?そんなに?
ちょっと私にも読ませてよ。
それは無理
どうして?
お前は読めないよ
意味がわかんない。
白ヤギの奴が食っちまったからな
白ヤギさんって誰?
何を言ってるの?
ねえ?
ちょっと?
原稿用紙に噛り付いてないで、ねえ?
「おーい、パフェのアイスが溶けちゃうぞ」
うるさい。
パパ邪魔するな。
ああ、おもしろい!おもしろい!おしろい!おしろいそ!そそそ!おいしそう!
おいしそう!!!
ペロリと。
「これは驚いた。白ヤギだ」
ああ、そうだ。初めて白ヤギさんが、物語を食べた。
白ヤギさん?
そうだ白ヤギさんだ。
あの白ヤギさんが、偏食家でグルメで、活版印刷された文字が大好きで、私が読んだ文章には見向きもしない筈の白ヤギさんが。
手書きの原稿用紙に広がる世界を、パパの最高傑作を、
根こそぎ食らい尽くした。
パパ?
どうしたのパパ?
悲しい顔しないでパパ?
大丈夫だよ。パパのお話、美味しかったよ!
すっごいすっごい!美味しかったよ!
だから悲しい顔しないで?
パパ。
ねえ。
私ね、もう高校生になったけど、あんなに美味しかったのはあれだけなの。
あんなに美味しかったのはあれだけだ。
あれより美味い文字はこの先きっと巡り会えない。
それではダメだ
それではオレは満足できない
うん。わかってる。
だからはやく
だからはやく!
■■■■を食わせろ!!!
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